夕方になって、ばあちゃんは1人散歩を企てた。
たっつあんなど聞きながら、夢ある世界をさまよいたい。
たっつあんとは山下達郎氏のこと。歩くときには、いつもたっつあんの声が、そばにある。
チョーうるさい孫娘2人と、物を食べるたびにそばにきては、うるうる見つめながら鼻先でわが太腕をツンツンする犬。
ここにいると、自分が何者なのか、分からなくなる。
1人でいても、自分が何者か分かるものでもないけれど、いつもの色っぽい世界にくらいは戻りたい。
そっと家を出る
午後6時。
やっと日が暮れてきて、歩くのに適した時間が訪れる。
夕飯までは1時間ほどある。
孫娘Aは夢中で絵を描いている。孫娘Bは2階で何かやっている。
よし!今だ。
ご飯支度をしていた嫁さまに、そっと告げる。
「ちょっと出てくる」
「行ってらっしゃいませ〜」
豚汁の気配を嗅ぎつけた犬が、おこぼれに預かろうと嫁さまの足下に寝そべっている。そして、嫁さまの響く声に反応して、ばあちゃんの顔を見上げる。
広い空
家を出て、空を見上げる。
ああ〜、いいわ、この風。
耳の中では”Ride On Time”が鳴り始めた。
さあ、行くぜ!飛ぶぜ!
坂道を上り始める。少し歩いて、急な階段を30段ほど登る。Zの形に道をなぞっていくと、この辺りの一番高い場所に着く。
町を見下ろしながら、深呼吸。
今日もうぐいすは定位置にいて、鳴いている。
と、その時だった。
“ただならぬ気”
が、ぷ〜んと漂ってきた。
振り返って、通り過ぎてきた道に目をやると・・・。
裸足で駆ける少女
ものすごい形相で、かけてくる少女が目に入った。
「トトロ」に出てくるメイちゃんを連想させる。
でも、あれはメイちゃんではなく、もう少しデカい。
見間違えることもなく、孫娘Bだ。
見れば、裸足で、手に緑色のズックを握りしめて、猛ダッシュしている。
通りすぎた人が、何事かと見ている。
そのまま、ばあちゃんも駆け足をすればいいのだけれど、孫娘Bの速度を目算すると、追いつかれることは確実だ。
孫娘Bは常に膝小僧に傷を作り、そのカサブタが取れる前に、さらに傷を負い、血をにじませた絆創膏をいつでも貼りつけている。
そんな体育会系の少女に勝てるわけがない。
耳の中では3曲目が流れ始めたばかり。
つまり家を出てから、10分足らずで、ばあちゃんの脱走はバレたことになった。
ばあちゃんはすごすごと階段まで戻って、上から下を見下ろした。もちろん腕は腰のあたりだ。
見上げた先に、ばあちゃんを確認した孫娘B。
満面の笑み。こういう顔こそ、邪気のない顔というのだろう。
2人で散歩
ここ数日、孫娘Bは、ばあちゃんと歩いた道を地図に起こして、スケッチブックに記録している。
“冒険ノート”というタイトルがつけられていた。
それじゃ、今日も違う道を行こう。
「うん!」
ズックを履きながら、答える孫娘B。
ズックを履く時間も、もったいなかったのだという。ズックを履いている間も、ばあちゃんは進む。
この瞬間的判断力、大したもんだ。
こんなに走ったのだから、喉が乾いたよねえ。
ばあちゃんが下げている小バックにはwalkmanとSuicaとmaskが入っている。コンビニに寄って、アクエリアスでも買おうか。
そして、コンビニの横の歩道橋をわざわざ登ってみることにした。
歩道橋からの眺めも悪くない。一段高い場所からだと、見慣れた場所もおしゃれな景色に見えるから不思議。
もう1つの物語
実は孫娘Bがばあちゃんの不在に気づいて家を飛び出した後、もう1つの物語があったことを知った。
事態をささっと把握した孫娘A。
孫娘Aは室内系の少女だが、観察力と想像力がある。
ばあちゃんは気まぐれだから、いつもの散歩道ではなく、ほかの道をふらふら歩いている可能性がある。
すると、妹はばあちゃんに会えない。そうなると妹はきっと泣く。
なので、ペンを置き、急ぎ後を追ったという。
孫娘Aは、気づかれないように、妹の後を追い、坂の上でばあちゃんと会っていることを確認して、家に戻ったという。
一緒に散歩をすることは避けたかったらしい。さすがである。
昨日もけんかばかりしていた姉妹。けんかの種をせっせと探しては、けんかに及んでいる。
ばあちゃんは「どんどんやれ」とけしかけてはいるものの、そりゃ、チョーうるさいと思っている。
だから、脱走したわけで。
そしたら、あっという間に、捕獲されてしまったというわけで。
オリンピック前日に、本気で走った2人。
晩ごはんの手巻き寿司をたらふく食べて、そしてまたけんかを再開していた。
そして、ここにいる限りは、1人散歩はできないってことを、
ばあちゃんは知った。_| ̄|○
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こんにちは りっつんさん
安心して思いきり姉妹喧嘩できるって素敵なことですね。 Bちゃんの天真爛漫さもAちゃんの優しさもジーンときて鼻のおくがツーンとしました。
それにしても久しぶりにズックという単語を耳にしました。 りっつんさんの夕方の散歩が更にノスタルジーな雰囲気をかもしだしました。
Aちゃん、Bちゃんやっと大好きなばぁばに会えて嬉しいんでしょうね。
コロボックルさん
おはようございます。
今日も2人は元気に家を飛び出していきましたよ。
友達の家に行くんですって。
ズックという響き、好きなんですよ。
あえて使いたくなるのです。
スニーカーというより、ピンときます。
それにしても、Bちゃんのあの顔、忘れられませんわ、
たぶん、一生(笑)