年子の育児。「お兄ちゃん」とは呼ばせなかったのは夫の方針。

たっくんは、まだ「パパ」と言えません。

父親はなんとか「パパ!」と呼んでほしくて、何度も聞いています。

「この人、だれ?」

君が誰かなんて質問、難しすぎるだろ(笑)

それぞれの人に名前がついていることすら、まだわからないのに、聞いても無駄なんじゃんと思いながら、せせら笑っております。

せせら笑いながら、ふと思い出したことがありました。

呼び方って、人間関係に影響を与えるんじゃないかなと思っています。

 

年子の兄弟だからこそ

年子、年子と言ってますが、我が家の息子たちは、正確には年子ではありません。

年子とは生まれた年が1年しか違わないということ。2020年生まれと2021年生まれとか。

2人の息子は生まれた年は2年違います。

ですが、たまたま長男が12月末に生まれたので、2年違いになっただけで、3日遅ければ正真正銘の年子。せっかちだから3週間も早く生まれてきちゃって。まあ、その時には弟が生まれるという予定はありませんでしたが。(笑)

長男が生まれてから1年半後には、次男がそのへんに寝ていました(笑)

ちょうどいまのたっくんの年齢のときには、弟がいた長男さん。思えば恐ろしい状態ではあるけれど、それが我が家の36年前の現実。

次男が1歳の誕生日のスナップ。長男は2歳半。

2人でオムツ。2人でミルク。2人でベビーカーに乗る。2人アブアブです。

だけど、やってみると、意外と大変でもなかったと、過ぎ去れば思うもの。ほぼワンオペ育児でしたが、なんとかなるもんです。

年子育児は、その時間は濃くはあるけれど、短くてすむという利点があります。短期集中育児ですね。3年も過ぎれば、ひと段落できます。

長男が幼稚園に行く頃には、次男も一緒に走って見送りに行くことができてました。あれは楽だった。

年が近いので、2人で遊ぶことも多く、ごはんさえ食べさせておけば、あとは案外手がかからず。1人1人に丁寧に関わることもできなかったので、自立も早かったかも。

手が行き届かない育児もそれなりの利点はあるのです。

さて、幼児期に次男が「お兄ちゃん」と呼んだことなかったことを思い出しました。

 

お兄ちゃんとは呼ばせない

次男が生まれて間もないころのことでした。

夫からこんな提言がありました。

「お兄ちゃんとは呼ばせないことにしよう」

あらま、なんで?

「年の差は1歳半。上とか下とか、あまり意識せずに育てたい」

夫には妹はいますが、弟はいなかった。男兄弟をどのように育てていくのか、真剣に考えたようです。自分だったら、どんな関係を望むのか。

仲間のように育てよう。

確かに、まだアブアブしている長男にお兄ちゃんという任務を負わせるのはかわいそうすぎる。

長男にオムツを持ってきてと言うと、自分のLサイズと弟のMサイズを持ってきて、弟の横にゴロンと横たわる。

弟のミルク瓶を支えているなんとこともあったりしました。

たぶん、長男は一人っ子だったときの記憶はほとんどないはずです。気がついたときにはすでに弟がいた。もの心がつくころには、仲間がいた。

そんな状態でしたので、家の中ではできるだけ対等にというのが、夫の考えだったのです。

いちいち言葉にはこだわる人でした。言葉遣いにはうるさかったです。

呼び方なんて、なんだっていいじゃん。でも、そうではなかったことが、いまわかります。

そんな親の方針で、息子たちはお互いを名前で呼び合って、大きくなりました。

そして、今でも、そんな対等な関係は続いているようと思うのです。

 

呼び方、それぞれ

次男が小学校に上がった頃のことでした。

友達から「お兄ちゃんと言うべき」と言われたと、ちょっと驚いたような表情で話してくれました。

世間を知った瞬間だったのでしょう。

突然「お兄ちゃん」と呼ばれた長男は、居心地が悪そうでした。

そのうち、次男は家では名前で、学校では「お兄ちゃんが・・・」と使い分けるようになりました。

夫はわたしのことを「ママ」と呼んだこともありません。いつも、名前で呼んでいました。

わたしも夫のママになったことはありません(笑)

息子たちは時々わたしのことを

「おい、●●●!」と名前で呼ぶことかありました。

夫がわたしを呼ぶとき、必ず「おい」が付いていたので、それまで真似て(笑)

次男は大人になってからは「りっつん」なんて呼ぶようになりました。

「りっつん」なんて呼ばれていると、母親としての自覚も消えていきそうになります。親でも子でもない感じ、あります。

なので、呼び方は関係性に影響を与える。そんな実感があるのです。

ばあばと呼ばれるのは好きです。いやだって言う人もいるけれど、わたしは大声で呼んでほしい。

だって、おばあちゃんになれたこと、とってもうれしいんだもの。

夫のことをおじいちゃんと呼んでみたかったかも。

 

今日は誕生日

息子たちの育てかたについては、よく2人で話し合っていました。夫は実際には育児参加はできなかったけれど、方針はちゃんと示してくれていました。

そんな夫も、もうこの世の人ではなく。

もし生きていたら、今日は65歳の誕生日。

死んだ人の年を数えてもしょうがないとはわかっていても、誕生日がくると、つい数えてしまいます。もし生きていたら・・・って。

おめでとうと言うことはできないけれど、誕生日を忘れたこともありません。心の中では夫もちゃんと年を重ねています。

どんな65歳なのか想像しています。

わたしに託してくれた息子たち。名前を呼び合って大きくなった2人は思う以上に立派な大人に育ちました。夫が残してくれたさまざまな言葉を思い出しながら、育て終えました。

長くワンオペの子育てでしたが、けっして1人で育てたとは思っていません。姿がなくても夫の存在は大きかったです。支えてくれました。

長男は父親が亡くなったあと、急に大人びて、わたしと次男の前に立って守ってくれることが多くありました。

教えなくても、自分の立場を理解していたのでしょう。口にはしないけれど、次男もそれは感じているはず。

久しぶりにアルバムを出してきました。

夫が言ったことが思い出されます。

「いつか、この写真をありがたがる日がくるよ」

あんまりにもカメラ機材にお金をつぎ込むので、文句を言った時に返された言葉です。

へらへらと笑いながら、妻の文句に自信ありげに答えてましたが、そのとおりでした。

朝からアルバムを開いて、夫がどんな気持ちでシャッターを押していたのか、ほんの少しだけ、味わうことができました。


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14 件のコメント

  • ヤーヤより
    長男には 5月生まれと 1月生まれの 年子が居ります
    今年9歳と8歳の姉弟です
    双子なら 覚悟は できていたように 思います
    でも、傍で見ていても 大変でした

    • ヤーヤさん

      おはようございます。
      年子はそばで見ている人の方が、
      ハラハラするものかもしれませんね。
      もう手間のかからない年にりましたねヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • いいお話聞かせていただきました。
    お子様のお写真に、心がほっこりしました。
    何はなくとも、アルバムは語る。
    りっつんさんの今の幸せが、こちらへ伝わって来ます。
    ご夫婦で築いた幸せですね。

    • しばふねさん

      おはようこざいます。
      息子たちの写真は、たくさんあります。
      これこそが夫の遺産。
      息子たちに中にも夫は生きている気がします。

  • はなです!

    一緒~と笑いながら読んでしまいました。
    わが家もうえ二人は年子です。
    下の子が早生まれなので一歳半離れていますが学年年子です。
    おむつを替える時はちゃんと自分の分も持ってきて横にゴロンとなっていました(笑)
    仲良くいつも二人は、遊んでいましたからお姉ちゃんと言うよりお友達仲間と思っていたようで
    ずーっと○○○ちゃんと呼んでいたのに誰かに言われてのか小学生になるとお姉ちゃんと言うようになりました。
    呼び方なんてどうでもいいと思っていたのですけど(笑)
    子供の成長をこんなとこで感じるんだなと思いました。
    わが家の主人も私をちゃん付けで呼んでいましたから(子供たちはお母さんと言っていましたよ)
    我が子供達もパートナーをちゃん付けで呼んでいます(笑)
    彼らにはそれが普通の呼び方なんでしょうね。

    私は、ばあばと呼ばれることがうれしいですよ。46歳でばあばになったのでおばあちゃんはちょっと
    恥ずかしかったですけど、ばあばは、ちょっとかわいいですから(笑)
    ずーっとばあばと呼んでもらいたいです。
    父親の存在は、いなくなってからの方がよくわかります。
    今でも、テレビの前にドン!と座っているような存在感わが家にはあります(笑)

    • はなさん

      おはようこざいます。
      同じような状態でしたね。
      オムツ、ゴロン。懐かしいですね。

      呼び方は、実はとても大切なような気がしています。

      語順を変えて、ばばあ!とだけは呼ばれたくはない(笑)

  • ご主人が残していかれたものは本当に大きかったのですね。立派に息子さん達を育て上げたりっつんを尊敬します。実は今日は夫の命日です。2年前に65歳で亡くなりました。夫が亡くなって葬儀までの何日か、子どもたち家族と合宿のように我が家で過ごしました。てきぱき動いてくれる子どもやその配偶者を見て、「私たちの子育て間違っていなかったよね。」と眠っている夫に話しかけたことをふと思い出しました。姿がなくても大きな存在で支えてくれるという言葉に深く共感します。私自身は、もう気楽に余生を過ごす身ですが子どもは孫達はこれから荒波を越えていかねばならないでしょう。きっと夫の存在を感じて生きてくれると信じています。今日は夫の残してくれた言葉を思い出して偲びたいと思います。

    • tomoさん

      おはようございます。
      1月8日。65歳。
      お互いに思いのある日だったのですね。

      私たち夫婦にも実にいろんなことがありましたが、
      いまは結婚してよかったと思っています。
      夫を知ったことが、大きな財産になっています。

      息子たちを育てるという仕事を与えてくれたんだと思っています。

  • こんばんは。私たちは二人の(長男、長女)子供の名前を自分たちの思うようにつけられませんでした。今でも後悔しています、なので子供達には思い道理に付けてもらいました。やっと思いが遂げられた気がします。生前主人が子供達が自分で決めたことには反対はしないと言っていたことを守りました。孫たちも伸び伸び成長して感謝です。幸せなことだとつくずく思うこの頃です。

    • 埴輪さん

      おはようございます。
      それぞれが思ったとおりに生きる。
      これが簡単なことのようで、なかなか難しいこと。
      親が子に与える影響は、あまりに大きいものです。
      子に望む前に、自分に望む。そんな人でありたいです。

  • 読んで「ジーン」ときました。
    子育て時代を振り返って、今、「しんどくも楽しかった」ことが思い出されます。

    • ピアノとエステさん

      おはようございます。
      コメント、ありがとうこざいます。
      なぜか楽しかったことより、しんどかったことのほうが、
      懐かしく思い出されるものですよね。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。