あなたにとって友だちって、どんな人のこと?

レクサス花子さんとランチをしました。今回は発酵玄米のランチ。発酵玄米ご飯は甘くて美味しかった。

花子さんは53歳のバツイチさん。1人娘が嫁いでしまい、現在1人暮らし中。とはいえ、お隣にご両親が住んでいます。積極的婚活はやめたけど、「そういう話」が時々舞い込んで、華やいだ50代を送っています。

 

友だちがいない?

花子さんの恋の話は面白いです。あらゆる意味で50を過ぎた女とは思えない。恋をするときはなぜか同時に候補者が2人現れる。あらら〜またなのぉ?

さて、久しぶりのランチ。食べながら花子がしみじみとこんなことを語り始めたんです。

「わたし、友だちがいないなあと思う」

えっ?

よく地元の友だちと飲んだり食べたりしてるじゃないの。

「心の中を全部打ち明けられる人はいないわ」って。

心の中を全部打ち明ける?

 

友だちの定義

みなさんにとって、友だちってどんな人を指しますか?

わたしも考えてみました。

わたしが友だちと思う人は「2人っきりでご飯を食べる人」が浮かんできました。

厳密に言えば「2人きりでご飯を食べられる人」もしくは「ご飯を食べたいと思う人」でしょうか。

だから、レクサス花子さんも、友だちです。時々2人きりでご飯を食べてるもの。

「花ちゃんはわたしの友だちだよ」

わたしには、そういう人が数人います。片手で十分に間に合う数です。胃袋は1つしかないので、そんなには食べられない(笑)

では、そういう人に心の中をすべて打ち明けてるのかと聞かれれば、う〜ん。もう60にもなると、心の中は在庫が多過ぎて、語るもめんどくさい(笑)

わたしは自分を理解しているのは自分だけだと思っているので、誰かに認めてもらいたいとか、分かってもらいたいとか、あまりないんです。というか、そういうことは不可能だと思っていますから。

だから、花子さんの言う「心の中を打ち明けられる人」が友だちというのが、いまいちピンとこないんですよね。

わたしにとって友だちとは、わたしが勝手に「友だち」だと思っているだけだし、その距離感も勝手に決めているところがあります。逆から見たら、どうなのかはわかりません。

 

人は多面体

自分を見てみると、多面体だなあと思います。いろいろな顔を持っています。何面くらいあるかなあ。

みなさんもそうでしょ?

そしてわたしという多面体変化する多面体でもあります。日々、変化していく環境。その中にいれば、その中で考えることも変化していくのは自然なこと。

一年前と同じことを考えているかと言われると、自信はないです。一年前のことなんて、そもそも覚えていられないし、過ぎてしまったことは、もうここには存在しない。

だから、友だちとの付き合いも、多面体の中の一面が合う人で、それでいいと思っているんです。

そんな人だって、そんなにはいませんよ。貴重な存在です。

わたしはご飯を食べることを大事にしているので、一緒に食べたいと思う人でなければ、1人で食べるほうを選びます。

1人でご飯を食べることを寂しいと思ったことはないです。あら、まっ!「さびしい」とい感情も欠落してしまったのかしら(笑)

ですから、俗に言う「親友」というカテゴリーも、わたしの中には存在しません。だから当然親友もいませんね。これは子供の頃からそうだったと思います。親友なんて言葉を使ったことは記憶にないです。

友だちとはある一面で付き合えれば、それで十分なのです。

わたしの友人Aと、友人Bでは、わたしに関して知っていることが違っているはずです。

友人Aには言っても、友人Bに言わないなんてことは、わたしにとっては当たり前です。理解し合えるところだけで理解し合えばいいと思っていますから。

 

井戸端会議

友だちというくくりとは異なりますが、わたしはご近所さんたちとの井戸端会議も好きです。

ご近所さんと、ど〜でもいい話に花を咲かせるのも悪くないです。天気がいいとか、鳥が飛んだとか、そして少しだけ噂話とか。これが楽しい。

年齢も違うし、育った環境も違うけれど、同じ土地で暮らしているうちに、共通な話は少なからずあるんです。あのスーパーが好きだとか、あの美容院のイケメン君は腕がイマイチだとか。

ご近所さんというのは不思議な存在です。選んだわけでも選ばれたわけでもないのに、何だかそばにいるのですから。

無関係に過ごそうと思えば、いくらでも無関係に過ごすことができる社会にはなりました。でも、わたしはせっかくなので、大事にしています。

結婚して所帯を持ってから、ずいぶんご近所さんに助けていただきました。

そして今。いつ、何時、助けてもらうことになるか分からない、女の1人暮らし。頼りになるのは遠くの人より近くの人。きっと助けてくれるって、信じています(笑)

そんな時のために、たまに井戸端会議に花を咲かせる。それは昔から伝わる知恵かもしれません。

 

大事すぎる人にならない

わたしは誰かにとって大事すぎる人になりたくないし、大事すぎる人を抱えたくもないんです。

これは60歳を超えたわたしの哲学です。

さらりと生きて、さらりと死んでいきたい。

「りっつんって・・・そういえば、楽しそうに生きてたよね」と言われたら、サイコーです。これ以上の褒められ言葉はありません。

「そういえば」という枕ことばが特に大事なんですよ(笑)

お互いが1から10まで、何もかも知ってるなんて、怖い。サラサラと、それぞれが大事すぎない人になれたらいいと、わたしは思っているのです。

息子や嫁や孫たちとの関係も同じだと思っています。

大事すぎる人になるのは、重たいです。

「この人が死んだら、わたしは生きられない」とか、まさか、そんなことはもうないとは思うけど(笑)

重いのは体重だけにして、さらりと行こう!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ


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6 件のコメント

  • 本日のブログ、いちいち同感です。
    そもそも自分が自分の事を完全に理解
    (発掘?)していない部分もありますし。
    ましてや、他人に全部理解せよは無理だ
    し、恥ずかしいし、重過ぎます。
    多面体の一面が合えば・・論、納得です。
    合う面が多ければよりhappyではありま
    すが。
    多分、私がりっつんさんブログに
    惹かれるのも、その一面が合う方だなぁ
    と勝手に感じているからだと思います。
    (中には自分と正反対のタイプに惹かれ
    るという方も居ますが。)
    二人でご飯が食べられる(間が持つ?)
    っていうのも分かり易い定義ですね。
    何はともあれ精神的に自立していないと
    良い友人関係は出来ないと思います。
    「さらりと生きて~」も良いですね。
    仮の世の借り物は綺麗にして返したい
    です私も。

    • キャサリンさん。

      おはようございます。
      「精神的に自立していないと・・・」は、そのとおりですね。
      たぶん、キャサリンさんとも何面かが合うのだと思います。
      直接に合わなくても、こうして気が合う人に巡り会えること、うれしいなあと思います。
      「仮の世の借り物」も実にそのとおりです!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • こんにちは。りっつんさんの記事を読んで、そうそう!と
    ミントティーを飲んだ後のように心がスッとしました♪
    私もお互い120%打ち明け合うようなお付き合いは共倒れしそうで無理です。笑
    母娘、姉妹だってそんなこと不可能ですし。
    これまでの挫折から学びました。
    私も食いしん坊で、食事>>会話になってしまうので
    その他大勢、又は失礼してもOKの人としかご飯が食べられません。(^^ゞ

    • たいさん。

      おはようございます。
      ミントティーだなんて、うれしいです。
      わたしも母親や妹との摩擦から学びました。
      肉親だから分かり合えるなんて、そんな甘いことはないんですよね。
      ご飯は楽しくですよねヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • 遅ればせながらのコメントです。
    友達は、友達以上友達未満だから、その関係を維持するために自分なりに
    努力はします。
    一人が去ってもまた一人と出会う不思議。神様が見ているのでしょうか?
    私は、食べることが優先順位では高い方なので、やっぱり一緒にランチして
    駄弁って、またしばらく会わなくても、また誘える人は友達です。

    • しばふねさん。

      おはようございます。
      人間関係、メンテナンスは大事ですよね。
      わたしも気が合う人とは、何年も合わなくても、誘える気がします。
      友だちは大切です。宝ものです。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。