【介護問題】90歳の義母の生活をどうする?いざ鎌倉へ!

義母に大きな問題が発生しているため、7年ぶりに鎌倉の山の上に向かいました。

なにしろ、埼玉県から向かう神奈川県。義母の家に朝の9時前に着こうと思ったら、えらいこっちゃです。

前泊しないと時間的には厳しい。余裕を持ってなんて出られません。

 

横浜に前泊

ということで、前夜に息子2人と横浜のホテルで合流。

顔を合わせることができたのは、午後9時すぎのことでした。

久しぶりの横浜。朝の6時半すぎ。ホテルの部屋から外を見ようとしたら、結露でダラダラ状態で全然見えない。

窓を拭いて目を凝らすと、遠くに海が見えて、ピンク色の朝焼け。観光だったら、楽しいけどね。憂鬱案件だから、ちっとも感動はしない。

横浜からはレンタカーで移動。

鎌倉は道路事情がよいとは言えません。道が狭くて、一方通行が多くて。

なので電車で向かうほうが確かだけど、いろんな事態を考えて車で向かうことになりました。

できるだけ迷わないように、目的地をわかりやすい場所に設定。

あとはナビを信じるだけ。

 

老いる現実

なんとか、無事に、到着。意を決して、家の中へ。

家も本人も想像どおりの凄まじいありさま。

現状を把握しました。

役所の方々とも会い、わたしたちとの今までの状況や事情もよく分かっていただくことができました。

もっと早くに何かできることがあったのかもしれませんが、これがわたしたちの誠意としては最大です。

そんなことをひっくるめて、進むべき方向は決まりました。

というか、選択できる道はひとつかふたつしかありません。

役所の進め方に乗るのが一番だと判断しました。今まで見守ってくださったこと、感謝しかありません。

ここ1年で、短期記憶が著しく低下したとのことでした。

もう1人で暮らすことは、限界です。

本人はどこにも行きたくないと叫んでいますが、それはもう無理。

火の始末が怪しくなってきたいま、周りへの迷惑を考えたら、それはもう許されないこと。諦めてもらうしかないです。

ほぼ90年。いろんな迷惑も顧みず、自分の思ったとおりを貫き通したのだから、もういいでしょ。そんな気持ちです。

滞在できる時間が限られているので、3人で手分けして、やるべきことをこなしました。まさに奮闘!

これからが本番ですけれど、まずは一歩進むことができました。

 

それでも梅は咲く

義母の家からは、遠くに海が見えます。そして日当たりのいい広い庭。なんて気持ちがいいんだろう。

以前はきちんと手入れがされていた庭も、当然のごとく、荒れ果てていました。

それでも、梅は咲いていました。凛とした姿で咲いていました。

こんな状況にある義母、かわいそうに見えて、なんとかしてやりたいと思ってしまいました。

一瞬、胸の中に変な空気が流れるのを感じました。魔術をかけられたみたいに(笑)

いかん、いかん!

昔から、これに惑わされて、多くの人たちが、疲弊したことを思い出しました。

義父、夫、義妹家族、外部の人たち。

結果として、いまの義母があると言うことを忘れてはいけません。

年をとったからと、なにもかもが帳消しにはならないです。

昨晩は、この40年間の義母絡みの事件簿がめくられ続けて、眠れなくなってしまいました。

3時過ぎまで、眠れませんでした。忘れていたはずのことが、細かく思い出されました。

 

ひとつの後悔

わたしは義母の肩を強く押したことがあります。

ホスピスで、夫がなくなる数日前のことでした。

洗濯場の入り口で、仁王立ちになって、大声でわたしに対して暴言を吐き続ける義母。聞いていられなくなって、「そこどいてよ!」と肩を押して廊下に出たのでした。

義母は「暴力を振るわれた!」とさらに大騒ぎ。

そのことが、ずっと、トゲのように胸に刺さっていました。なんであんなことをしてしまったんだろうと。

でも、いま、あのシーンが細かく思い出されると、自分を責める必要なんて全然ありませんでした。

行動のなにもかもが間違っていると、怒鳴られていたわたし。なにからかにまで悪いのだと。

そんな事の経緯を忘れて、突いたという行為だけが記憶に残っていた。平穏な時間を過ごしている間に、義母までいい人になっていただけ。

昨晩はそんな記憶が、次から次へと溢れるように出てきました。

とはいえ、不思議と恨んでいる気持ちはないです。それが義母の人生を作ってきたのだと思うだけ。

そして、今の姿に同情して揺れていた気持ちは、すっかり失せていきました。

義母の実の娘が絶縁していると宣言している以上、最後の始末をすることがわが家の義務であるならば、それだけは果たさなければならないでしょう。

やるべきことは、同情ではなくて、粛々と最期に向けた用意をしていくこと。冷たいようだけど、ただ、それだけです。

 

輝いていた鎌倉の海

用事が済んだので、引き上げることにしました。

帰り道は、ナビに従うと、江ノ島と富士山を見ながら横浜を目指せとのと。

おお、おお!鎌倉の海だ。心が晴れる景色です。

2時が過ぎていたけれど、お昼ご飯も食べていなかったので、通りすがりのコンビニでおにぎりを買いました。わたしは食べる気になれず。結局昼ご飯抜き。

午後3時すぎ。横浜駅に着いて、解散。

それぞれが自宅から義母の家までは2時間半〜4時間という道のり。

鎌倉はいい所ですが、わたしたちにとっては、この上なく遠い所。あまり行きたくない所。

でも落ち着くまでには、これから何回か、足を運ばなくてはならないでしょう。わたしではなくて、息子たちの同意やサインが必要です。

とても忙しくしている息子たちが、時間を作るのは、ほんとうに大変なことです。どれだけ対応できるか。決して無理はさせたくありません。

息子たちが今までに義母に会った回数は10回程度。20回は会ってないと思います。

義母は息子たちに何度も名前を聞いていました。たぶん、別人が行っても、孫だよと言われたら、信じてしまうでしょう(笑)

「いつでも遠慮なく来ていいのよ」by 義母

孫に会えて、少しはうれしかったのでしょうか。


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りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

「老後のお金」など、ブログではあまり触れていない話題にもかなり踏み込んで書いているので、お手にとって頂ければ幸いです。

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22 件のコメント

  • りっつんさん おはようございます

    お疲れ様でした。
    煩雑な手続き、心の葛藤、お金のことなど、経験
    者なのでよくわかります。
    しかも遠くまで何度も行かないと行けないから、
    気力体力の維持も大変。
    息子さん達は偉いですね。
    いくら義務があるからといって、なかなかできる
    ことではありません。
    うらやましいです。

    最後まで誰の世話にもならずに逝くことは無理な
    んですね。
    孤独死上等なんですけど(笑)

    • 相棒さん

      こんばんは。
      ほんとうに疲れました(笑)
      事がスムーズに運んでほしいけど、まだまだ不明なことばかり。
      息子たちも大変ですが、行政の方も大変です。
      少しずつ力を寄せ合って乗り切ります。

      わがままを貫いていると、
      こういう最後になるのかと思って、怖くなります。

      いろんな人の世話にならないと、
      三途の舟には乗れないのですよ。
      本人にとっては、孤独死、まさに上等ですよ(笑)

  • お疲れ様でございます
    鎌倉には夫の実家のお墓があるので、たまに行きますが、
    道路は狭いしグニャグニャだし、バスに乗っていても結構スリリング。
    何も考えずに、今年の大河ドラマに出てくる史跡巡りをするにはいいかも、ですが、
    身内のいろいろがらみで行くのはねー、お察しします。

    ちゃんと問題解決のために行ってくれるご子息達、
    「よい子達」に育ちましたねー。
    りっつんさんのお手柄です。

    • シーラカンスさん

      こんばんは。
      鎌倉の道路は、ほんとうにヤバいです(笑)
      あてにできません。
      あてにできるのは、足だけ。
      この日のために、鍛えているわけじゃないのに(´・ω・`)
      かなりの坂道です。
      よりによって、なんで、こんなところに!
      山姥だからと、山に住まなくてもいいのに(笑)

  • お疲れ様。
    私は両親を見送り、自身の最後をどの様に出来るのか、時折、思案中。
    なるようになるさの本来の性格も有り、流されるまま。
    隣の爺さんは現役でバリバリ仕事しているんだけど、昨年奥さんが亡くなり、半年経つ前に、有料ホームを決めて息子に保証人をと。
    息子夫婦の所で食事を準備して貰ったみたいだけど、面倒みたいで、食事を準備してくれる事と、自由に出入りする事が望みみたいで。
    もう、80歳に近づいている方ですが、何せ、元気過ぎる。
    世の中にはそんな人もいるんです。
    この先輩には敵いません。

    • としさん

      こんばんは。
      お隣のおじいさん。参考になります。
      キーワードは敵がいないということですね。
      うちのばあさんは、周りは全員敵に見えるらしい(笑)
      つらいことですよ。
      愛することはしないのに、愛してほしいなんて、
      そんな都合のいい話は、あるはずもありません。
      生きてきたように、終わるだけだと思います。

  • りっつんさま

    お疲れ様でした。
    何と言葉をお掛けしたら良いのかわかりません。
    こんな陳腐な言葉しか浮かびません。

    私は義父に苦労しました。
    もう亡くなりましたが。
    でもまだ、義理の妹が残ってます。
    独り身で生活も不安定なので心配です。
    夫に万が一あって、私は知らんぷりできても、子どもは相続人になってしまいます。
    血縁は面倒ですね。

    ブログ拝見しています。
    本を読んで、同じ大学の同じ学部の先輩であることを知りました。
    勝手に身近に感じています。
    お身体、大切になさってください。

    • 順子さん

      はじめまして!
      コメント、ありがとうございます。
      小さな学校ですけど、大好きな学校でした。
      なのでプロフィールに学校名を入れてもらいました。
      その効果で、こうして後輩に読んでもらえて、ほんとうにうれしい!
      実は校歌も歌えないんだけどね(笑)

      親問題はめんどうだけど、
      その中には教訓もあるなあって思います。
      血縁というものは、なにかを伝えているのかもしれません。
      良いことも悪いことも。
      きっとなにかのご縁なのですよ。
      そう思って、対処していきます!

  • はじめまして、今日の記事を読んで、コメントせずにはいられず失礼します。
    私は50代主婦で、リベ大からりっつんさんを知り、たまにこちらへ寄せてもらって、いろいろ感心したり、尊敬したり・・・
    ブログを2月から立ち上げましたが、毎日更新とはいかず、内容も、こんなど素人の話誰が見たいねん‼ と、突っ込みつつ、情けない有様です。
    実は私も介護問題に大いに悩み、その模様をありのままにブログに載せるか迷いながら昨日長文の下書きをしたのですが、こんな暗い文章誰の役にも立たないと挫折。『そうだ、りっつんさんの記事で何か参考になることがあれば』との思いで本日お邪魔させて頂きました。そしたら、タイムリーなことに介護問題を取り上げておられたのでビックリです。事情は何も知らないですが、それでも、りっつんさんの状況を想像することができ、でも、不快にならない文章さすがです。
    本当に10家族10色。みんながいろんな問題を抱えながら暮らしてるのですね。昨日はブログ記事を書きながら泣けてきて心が重くなり、自分を見つめ直し、なんて冷たい私、と悔いておりました。
    今日の記事を読んで少し肩の荷が下りたと共に、介護問題を軽いタッチで記事にできるよう励んでいきます。ありがとうございました。

    • えみんちょさん

      こんばんは。
      リベ大経由で、ようこそ!
      コメント、ありがとうございます。

      まだ立ち上げたばかりではありませんか。
      そのツッコミ力、大事ですよ!
      情けないのではなくて、もう前進してるってことですよ。
      客観視できているということは、とても大事なことです。

      介護問題を書くことになるとは、2週間前までは思ってもいませんでした。
      本当に、なにが起きるか、わかりません。

      わたしの書きたかったことを察してくださってるようです。
      ありがとう!

      介護問題、どうぞ切り込んでみてください。
      いろんな書き方ができると思います。
      つらいことだからこそ、笑いに変えて書いてしまうとか。
      そう書いていると、明るくなれたりするかもです。
      伊藤比呂美さんの「父の生きる」という本は、
      お父様の遠距離介護を書かれた作品ですが、参考になるかもしれません。
      よかったら、検索してみてください。
      わたしも役に立ちそうな情報があったら、
      書いていこうと思っていますヾ(@⌒ー⌒@)ノ

      • たびたびすみません。

        先日、お薦めしていただいた『父の生きる』やっと入手して読み終わりました。
        まったく知らない著者の方だったのですが、とても興味を持てて、また別の本を読みたくなってます。

        「父の悪いとこばかり見えてくる。しかし、本質は老いの裏に隠れているのだ。」
        という文章がとてもとても考えさせられました。

        若い頃は読書好きだったのですが、もう何年も本をきちんと読んでいなかったので、この腐りきった脳にはもう一度読んで、父との接し方、改めたいと思いました。

        素敵な本を紹介してくださってありがとうございました(*^^*)

        • えみちんちょさん

          おはようございます。
          伊藤さん、いい本が多いです。
          詩人だからなのか、表現がとても絵画的です。
          「たそがれてゆく子さん」「ショローの女」など面白かったですよ。

      • わーっ、なんか有名人からお返事頂けたようでテンション上がります♪~(´ε` )
        以前のりっつんさんの記事で、『悪口は書かない。書いてしまうとそれが確定してしまって結局自分に跳ね返る』的なことを書かれてたような。
        ホントにその通りだと肝に銘じました。ブログを書くことで自分を見つめ直せて、また勉強になることも一杯で、楽しんで続けてみます。ありがとうございました。 
        今後もブログ楽しみにしています。本も検索してみますね。

        • えみんちょさん

          こんにちは

          悪口というか否定的なことを消していくことは、
          自分にとっていいことなのですよ。
          人のために言わないのではなくて、自分のため。
          自分をよき方向に連れていきましょう!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • りっつんさん、こんにちは。
    うちの義母も、健在だった一人っ子の主人が「絶対一緒に住みたくない」と言い続けた人でした。その主人の闘病中、亡くなった後は、嫁である私に対してネチネチと言い、私の実家や孫である子供達に対しても、ある事ない事いろいろと私の陰口を言われ続けました。そんな義母が、90歳になり一人暮らしは厳しいと思ったようで、甥っ子の助けも借りて、老人ホームに移りました。
    孫である息子が2-3か月に一度電話をしているのですが、以前は私の悪口ばかり並べていたのに、最近は「お母さんによろしくね。」と言っているそうです。
    さんざん酷い事を言われてきたので、簡単には義母の言葉を信じる事は出来ないのですが、義母の事を少し可哀そうと思っている自分もいます。
    幸い、海外在住なのと、定年退職した甥が面倒をみてくれているようなので、私や息子にヘルプを求める連絡が来ることはないのですが(多分)、りっつんさんの心境はお察しします。
    私の嫁としての義務は、こちらに(海外)作った主人の墓に義母を入れる事です。(義母は離婚しているので、入れるお墓がありません。)

    • かめめさん

      こんにちは。
      うちも同じです。
      義母はわたしをとてもよく言ってるらしいです。
      だけど、明日は何を言われるかわかりません(笑)
      同情心がなくもないですが、
      最小限の関わりで済ませる覚悟ができました。
      自分の時間が貴重だと考えるからです。
      もう、そんなことに使っている時間はないです。
      時間だけはわたしのもの。

      お墓を作るときも散々反対されました。
      義母は一度も息子の墓参りをしていません。
      でも、10年前にそこに入ってもいいわよと言われたので(笑)
      入ってもらいます。

      血を繋いでくれたという事実は、
      わたしにとってはとても大事です。

  • お疲れ様でした。何度も何度もこの記事読み直しました。ホスピスで義母様にそこをどいてと押してしまった時のりっつんさんの心中を。私なんかには、もちろんわかることも出来ないのですが、つらいというより怒りみたいなものを感じます。人は生きてきたように終わるんですよ。それでいいんだと思います。多忙な息子さん達を気遣うりっつんさん、優しさが溢れています。無理せず進めていけるといいですね。

    • まめぴよさん

      こんにちは。
      ご推察のとおりで、怒りで震えました。
      息子がもうまもなく死ぬという時でも、
      誰かを責め続ける。
      そしていま。
      頼る人がひとりもいない現実は、
      やっぱりどこかで何かが間違っていたということです。
      本人には自覚はないと思いますが。
      どうやって病院に連れていくか。それも大問題なのです。

  • 大仕事ですね…。
    うまく運びますように。
    そして情に絆されず踏み止まられたこと、よございました。

    “モンスター”は一代にして成らず
    姑様にもご事情はあるでしょう。
    が、それは自分自身で軌道修正するほかなかったのです。水飲まぬ馬です、周囲は水辺に連れて行くくらいはできても飲ませることはできない。
    軌道修正しないまま90年を過ごしてこられたのですね…。
    我々皆自分自身を常に顧みなくては、ですよね。
    どんなに些細なことであっても、もし人を踏みつけにし利用して構わないという感じがあったら、それは危ない領域に踏み込んでいるしるしと私は思っています。

    我が子を自分のモノと思ってらっしゃるのも、危険水域と思います。子なしの分際で言ってナンですが(>人<;) 子の側から見て、とご寛容を願いたい。
    親の面倒を見るのが当たり前と思っているか、助けてもらってうれしいと思っているか、
    あらわれる事象が同じ介護でも、きっと全く違うエネルギーが出るはずです。当たり前は愛の対極にある。
    あ、でも幼子が親の愛を“当たり前”に思えることは尊いことですね( ´ ▽ ` )

    • デイジーさん

      こんにちは。
      まさに水辺でも”水飲まぬ姑”です(笑)
      誰の手にも負えず、モンスター化してしまいました。

      年を取れば、なんぼかマシになるかと思ったけれど、
      ますます悪化。
      ひどくなる一方だったようです。
      娘もお手上げだったのでしょう。
      義母は自分の母親と絶縁し、妹たちとも絶縁した過去があります。
      そして娘からは絶縁された。
      そんな母の姿を見ていれば、絶縁もアリなのでしょう。
      そんなに簡単なことではないはずなのに。
      人間は、悪いところが成長していくものかもしれないと思います。
      小説になるレベルの女性です。

  • 介護問題、心中お察し申し上げます。

    りっつんさんがホスピスで肩を押したという、
    その場面を想像すると、胸が締めつけられるようです。
    小さな息子さん2人、ご主人の容体は厳しく、つい想像してしまう残される自分、まさに極限状態ですよね。
    うちもそうでした。
    最後の入院の7日間
    もう数日食べられなくなった意識のある夫の横で
    「お腹すいたからランチしてくる」
    「次は全部終わって(亡くなってから)呼んで」

    夫は何も言いませんでしたが、
    本当に母親なんだろうか、と怒りでいっぱいでした。
    最期はわたしだけ立ち会ったのですが、
    むしろ、夫との時間を邪魔されずに
    よかったと思っています。

    夫が亡くなり、
    わたしや子供をやたらと褒めていると聞いてビックリです。

    人は肩書きじゃなくて、どう愛を与えて生きてきたかだと思います。
    ただ、年を重ねているからという理由だけで、
    尊敬には値しないと心から思います。

    • しろねこさん

      こんにちは。

      極限状態の中での義母の振る舞い。
      先生や看護婦さんたちも驚いていました。
      陰で、みなさんがわたしの味方になってくれたことが、
      慰めになりました。

      しろねこさんの義母さんもなかなかな方ですね。
      みんな、錯乱してしまうのでしょうかね。

      きっとご主人がしろねこさんと2人だけの最期にするために、
      義母さんにそう言わせたのではないかしら。
      そんな気がします。

      ほんと、ほんと!
      肩書きも財産も関係ないです。
      どう愛を与えたか。それに尽きると思います。
      最後に残るのは、それだけです。

      義母を反面教師として、どう老いていけばいいのか、学ばせてもらっています。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。