息子の死も忘れ、大嫌いな嫁にも会いたかったという義母

義母との面会では、驚くことがいくつかありました。

先生から先に言われていたように、時間がよく分からなくなっているようで、認知症が進んでいるのは明らかでした。

でも、それも、たぶん、神さまからの贈り物に違いないです。

 

息子の死を忘れた

車椅子に乗せられてわたしたちがいる部屋までやってきた義母です。

介護してくださっていたのは、若い男性でした。

同席しているのは、担当医師、コーディネータさん、そして次男です。

「お義母さん」と声をかけたら、

「◯◯さん!来てくれたのね」by 義母

わたしのことは認識できるようでした。

声で分かったのだとか。

「ひろちゃんは?」

見えていないのに、息子を探すようにあたりをクルクル。

「ひろちゃんは死んだでしょう」

「え〜!どうして、そんなことに!?」

部屋の中に、何とも言えない空気が流れました。

しばし沈黙のあと、別の話題へと。さすがに突っ込んだ追求まではしてこない。もう、できない。

そして、5分後には、また息子を探すのです。

「今日は忙しくて。ほら、今とっても忙しい仕事をしているから」

そういうと、

「そうよ!本当に忙しい仕事をしているんだから」

少し興奮ぎみに、ちょっと自慢げに、声が大きくなる。

義母は息子の仕事を自慢に思っていました。いろんな所を飛び回って仕事をしている息子のことを、いつも喜んでいました。

忙しいから息子は来てないのだということに、納得したようでした。

「今度、連れてくるからね」

そう明るく言うと、もう息子の名前を呼ぶことはしなくなりました。

たぶん、お義母さんの中では、息子は生き返っているのです。というか、死んではいないのです。

お義母さんの時間は巻き戻っているのです。

それなら、わたしも時を越えてしまえ。あなたの息子が、わたしの夫が生きていた頃に戻ればいいだけ。

なにも真実を告げて泣かせることはないと、嘘つき嫁は、嘘の言い訳を心の中で繰り返していました。

親が子を失うという悲しみ。想像するだけでも胸が詰まる思いがします。

お義母さんは30年もの間、その気持ちと付き合ってきたのです。

もう解放されてもいいよね。

 

声で、嫁が分かる

もうひとつの驚きは、もしかして、宿敵であるわたしのことが好きだったのではないかということ(笑)

わたしの声がするほうに、車椅子を少しずつ動かしながら、ズリズリとにじり寄ってくるのです。

そして、言うのです。

「来てくれて、本当にうれしい」

何度目かには、こんなことまで、言ったのです。

「あなたに会えたから、もう死んでもいいわ」

このセリフには、先生や介護士さんたちも苦笑い。

2月の頃は、毎日のように、わたしの悪口を孫であるわたしの長男に言い続けていた義母。

長男は義母との信頼関係を築くために、我慢し続けてくれました。

実はこの我慢のおかげで、長男は義母からの信頼を得ることができ、いまの状態を作ることができています。

ここは介護に関してはかなり大事なポイント。ギリギリの段階でなんとか間に合いましたが、お金の管理を任せてもらうということです。

お金のアテがあるかないかは最重要問題です。

しかし、いくら義母の妄想だとはいえ、ほんとうに聞きたくなかったと、当時は言っていましたし、いまでも、言っています。

ぜひ、その妄想の悪口とやらを聞いてみたいのですが、残念なことに長男は決して口を割りません(笑)

ところで、同席した次男ですが、彼に関しては“あなたはだれ?”状態でした。

次男にとっても、おばあちゃんとの思い出は1つもないとのこと。確かに、ないと思う。だから当然といえば当然なので、認知症だからということでもないかも。

次男が同席しているのは、何かを決めるときには、身元引受人の意見とサインが必要だからです。

嫁と姑。

社会的には他人の関係なので、手続きなどに関して、なんのお役にも立てませんです。

 

人の温もり

入院してから、ことあるごとに「助けて!」と叫んでいたという義母。

ところが、最近では「誰かきて!」に変わったそうです。

呼べば、誰かが来てくれるということを知ったということ。

とにかく寂しがっているらしいのです。

1人がいいと、誰とも協調せずに暮らしてきた義母でしたが、実は寂しかった。

その反動が興奮と攻撃だったのかもしれません。

もちろん、寂しかったらなにをしてもいいなんて、そんなこと、許されるはずもありませんけれど。

やっぱり、人は人の温もりを求めるもの。

そして、それが人を穏やかにしていくのだということ。

同室には話の合う人がいるそうで、介護士さん曰く、会話としては成立していないけれど、仲良しですとのこと。ちょっと信じられないけれど。

温もりを人に与えてこなかったのだから、返ってくる量は少ないけれど、それでも少しは返ってきているのです。

もうしばらくの間は、病院がめんどうを見てくれるということなので、流れに乗って行こうと思います。

無理やりに力づくで入院させたこと。

これでよかったと言い聞かせながらも、本当に正解だったのかしらと思うこともありました。

しかし、今回の姿を見て、これでよかったと確信できました。

「また来るね」と約束をして病院を後にしました。

富士山を見ながら、山を下りながら、つい、わが行く末を思ってしまいました。


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りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

「老後のお金」など、ブログではあまり触れていない話題にもかなり踏み込んで書いているので、お手にとって頂ければ幸いです。

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6 件のコメント

  • りっつんさん
    こんにちは、るるです。以前、Amazonのプリペイドタージの記事にコメントさせていただいたものです。
    本日の記事で、高校生のころ、母が言っていた話とその時の自分の気持ちを思い出しました。(かれこれ30数年前。。。)

    そのころ、祖父が入院していました。(がんでした。手術で数回入院してました)高3の夏だったので、受験もあり、いろいろ忙しい・・・し、面倒でお見舞いとかいってませんでした。

    私が中学生のころ、50代の叔父が疲労からの症状で入院してました。結構つんけんした叔父でしたので、母も親類なので、義理でお見舞いに行った感じです。お見舞いからかえって来た母は、「〇〇さん(叔父の名前)が、お見舞いによく来てくれてありがとう、ってお礼を言ってたのよ!!」と驚いていました(来て当然というタイプだったので)。それから、1週間後、なくなりました。

    この話を母が久ぶりに私に対してした後に、
    近頃祖父が、母に「毎日、来てくれてありがとう」(以前数回入院したときは、嫁はやって当然という態度だったという・・)と言い始めたということを私に話して、いままで何回も入院してたけど、こんなこと言われたことはなかったらしく、「あんたもいっておいで」と言われました。

    この話を聞いて、すぐに祖父のお見舞いにいったのですが(高校生ながらに意味は読み取っていたと思われる)、
    そのとき、私の手を握って、にこにこ笑って、「お見舞いにきてくれて、ありがとう」といわれました。
    その時の祖父の表情と、言葉と、手の感触と、その時自分が感じた印象は、今も忘れられないです。
    看病もしてないし、特別好きだったわけでもないですが、とても、強烈に焼き付きました。

    若かりし頃の思い出ですが、あんな自分の感情を知ることができたということが、自分のためもによかったと思っています。
    高校生の頃は、よくわからないで、もやもやしていたのですが、年をとるにつれて、良かったと思えました。

    りっつんさんの記事は、その当時の私の思いをよびおこしてくれました。久しぶりに母と話したくなっちゃいました。

    • るるさん

      こんばんは♪

      いろんな話を聞かせてくれて、ありがとう!

      おじいさんとのこと、おじさんとのこと。
      興味深く、読ませていただきました。

      おじいさんから、きっと何か渡されたんじゃないかなあ。
      そんな気がします。

      お母さんとたまには昔話をするのも、悪くないですよね。

  • りっつんさんからの事後報告を読みながら、他人事には思えませんでした。
    いつか自分も行く道。特に、頑固なおばあちゃまが、私自身の生き方にも
    重なり、ちょっと切なくなりました。
    長男さんの我慢も、りっつんさんの遺伝子のなせる業。
    みんなどこかで繋がっているんですよ。
    最近、身体が弱くなるのを感じるたびに、人とのつながりの大切さを特に
    意識するようになりました。良いことだと思います。
    言うまでもなく、人は一人では生きて行けない。
    ずっと忙しく生きてきた人生ですが、りっつんさんとも知り合えたし、
    いろいろな人の人生も知ることが出来、時に励まされ、時に知恵をいただき、
    時に共感することができて、生きていて良かったと思えます。
    故あってお別れした私の姑をちょっぴり思い出しました。

    • しばふねさん

      こんにちは♪

      頑固も徹底的に貫けば、どうにかなるもののようです。
      徹底的に貫くことができる人なんて、相当限られると思いますが(笑)

      人との繋がりの大事さを、わたしも年を経て感じています。
      しばふねさんの言うように、
      それが年をとるよさかもしれませんね。
      ひとりでなんて、とても、生きられないです。

      義母もやっと繋がることができたのかもしれません。

      いろんな人と出会い、いろんなことを感じて学ぶ。
      最後まで修行だなあって感じます。

      自分を閉ざさない工夫が大事かもしれません。

  • こんばんは
    穏やかな鎌倉さまに会えてよかったですね。
    鎌倉に行くというからドキドキしてしまいました。そして、りっつんさんは、優しい人です。会った事もないのに、私の中のりっつんさんの好感度爆上げです!

    • まめぴよさん

      こんにちは♪

      いや〜ドキドキしましたよ。
      こざっぱりとしていたので、ホッとしました。

      なんとか、お金の心配がないので、
      優しそうにみえるだけです。
      これが、お金が絡んでいたら、
      きっと怖い人になってます(笑)

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。