桜に誘われてあちらの世界に思いをはせる。「立花隆対話篇 生、死、神秘体験」

桜を見ていると、いろんなことが思い出されます。

夫が亡くなったのは25年ほど前の6月の初めでした。その年、2人での最後の桜を一緒に見ました。「わたしの桜」を一緒に見ました。あのとき、夫は何を思い、わたしは何を思っていたのかなあ。

わたしが夫を思い出しているうちは、夫もこの世に存在しています。そのうち、わたしが消え、息子たちが消えたら、完全に消滅するのかといえば、そうでもないような気もします。

そんな気持ちで図書館をウロウロしていて目についたのが『立花隆対話篇 生、死、神秘体験』です。

読んでいくうちに、かつてこの本は読んだことがあったなあと思い出しました。図書館の本は何度でも読み返せるので、とても便利です。

我々が知っているこの世界は、生と死という境界で区切られた内側だけの世界である。我々のすべての知識は境界内の知見をもとにして得られた知識である。そのような知識をもとにした判断が、境界の外側の異界に対しても通用するものだろうか。

(「生、死、神秘体験」序論と解題より引用 )

本当にそのとおりだと思います。

この世には、わたしたちの知らない、想像もできないような世界が存在している可能性は、限りなく大きいのです。

身近なところでいえば、電波だって、電気だって、目には見えないけれど存在しています。目に見えないからといって否定はできません。

わたしたちの考えうることなんて、大したことない。

さて、対談者の1人である哲学者の山折哲雄さんが臨死体験について語られたことを要約しますと・・・

臨死体験が真であるか、偽であるかではなく、それを体験した人にとってどういう意味を持つのかが重要。それで人生観が変わったり、死への恐怖が薄れたりすれば、それだけで意味があったということになる。

真とか偽とか、それだけを問題にするのではなく、あの世についても信じたい者は、信じればいいというだけだと。そう、わたしも思っています。

「こうなると思った者勝ち」かもしれません。わたしはあの世を信じたい。そのために、自分を納得させる何かが欲しいのです。「そうだよね!」と思えることが欲しいのです。だって、やはり自分が消えていくのは怖いですから。

桜を見ながら、これから行くであろうあの世に思いをはせてみるのも一興です。100%の確率で行く世界ですものね。どんな年齢であろうとも、自分の「死」を体験するのは一度だけ。みんな同じ。生き物は皆平等なんです。

わたしはこういう類の本を読むと、本当にホッとします。

見えない世界が、身近に感じられる安らぎ感。

誰もが知りたがっているけれど、誰1人として答えを知らない。みんな同じラインに立っているという安心感。

この本が発行されてから25年が経ちました。

立花さんも研究を重ね、考え方にも変化があったはずです。

こんな本を読んでみようと、kindleに入れました。こちらは確実にまだ読んでいない本です(笑)


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4 件のコメント

  • こんにちは。
    私も妹も霊感があるなどと思ったこともないのですが
    私達を我が子のように可愛がってくれた伯父が亡くなった明け方
    妹には音で、私には夢枕?に現れ、早朝に電話をくれた従兄弟に
    とても驚かれました。

    他にも亡き肉親から危機を知らせる夢のお告げがあったこともありました。
    不幸続きの頃は初夢も怖くて、私も妹も徹夜にして
    夢を見ないようにしていました。

    もうあの世の存在を信じるしかないんです。

    • たいさん

      わたしもいくつか、そんな体験があります。
      祖母が亡くなったときに聞いた音とか。その程度ですが。

      「あの世なんて存在しない」と断言する人たちは
      「科学で全てが解決できる」と断言できる根拠を、
      持っているのかなあと思います。

      あの世はあるんですよ、きっと(笑)

  • 私も興味があり、この種の本を
    よく読みます。
    本当にこればかりは
    「分かる人には分かる」
    「感じられる人には感じられる」 
    としか言えないのでしょうね。
    りっつんさんの仰る様に
    思った者勝ち、信じた者勝ちです。
    私もこの世の人の記憶にあるうちは
    亡くなった方も生きていると感じて
    います。
    信ずる者は幸い!?
    生きる意味、死ぬ意味を思考する時
    その人の人生の濃度、他者への思いは
    きっと違って来ると思います。
    登山道の様に思考ルートは人様々だと
    思いますが、頂上、あちらの世界への
    旅立ちの時には私も納得して逝きたい
    なぁと願っています。
    (実際はジタバタと不様になるかも!)
    納得する為の読書かもしれませんね。

    • キャサリンさん

      この本の中にありましたが、
      みんな、逝くときには穏やかな顔になってるらしいです。
      わたしもジタバタとしそうですが、
      「ま、いっか」と最後には思いたいなあ。

      納得するための読書。
      本当にそうですね。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。