今も昔も人は幸福を探している。読後感想『幸福の哲学』。

「こうふく」と入力したら「乞う服」と変換されてしまった。わたしはそんなに誰かに服を乞うているのか?

確かにパジャマを乞うたかもしれないけれど、ただそれだけで、「乞う服」と変換するわたしのパソコン。わたしの頭の中を把握しているのではないかと、恐ろしさを覚えます。

 

本のタイトルが教えてくれること

 

本屋を歩いていると、自分の現状がよくわかるものです。現在、自分が何に興味をいだいているのか、何を欲しているのか。

本のデータ

『幸福の哲学』~「本当の幸福」とは何か

~超ベストセラー『嫌われる勇気』の著者が、じっくり、深く、考えた。

岸見一郎 講談社現代新書 2017年1月20日発行

そもそも「本当」って何だろう? 「幸福」って何だろう?「本当の幸福」と、「そうでない幸福」があるのかしら。

そう思いながら、この本を手に取りました。

遠い昔から人間の興味は「幸福」についてだったようです。そしてそれは今も解決されたとは言い難いようです。

どうやったら幸福になれるのか、それを求めて何千年も考えている。なぜ、人は生きるだけでは満足しなかったのでしょうか。

そして、その幸福とやらの正体とは何ぞや。う~ん。わかるわけないわ。

 

他人からの評価を気にしなくなった

 

わたしは50歳を過ぎるあたりから、他人からの評価を求めなくなったなあと、しみじみ思います。以前は、他人からの評価をそれなりに気にしていたと思います。いや、人一倍気にしていたかもしれないなあ。

なんだかよく分からないけれど「いいなあ」と思われたい。人より幸せでありたい。幸せはその人にしかわからないもので、人と比べるものではないと、今なら分かるのです。わたしは何を渇望していたんでしょうね。

人からの評価を気にしなくなってから、ふと幸せだなあと感じることが多くなったように思います。自分の中がふわ~っと満たされている感じがするのです。

幸せはなるものではなくて、感じるものなのでしょうね。この幸福感というものは、いったいどこから発生しているのでしょうか。心地よい感情ではあるわけですが、それは快感の一種なのでしょうか。

脳科学によって解明される日がくるのでしょうか。

 

幸運と幸福は違う

 

「幸福と幸運は違う。人は何かの出来事によって幸福になるのでもなく、不幸になるのでもない」と岸見氏は言います。

どんな出来事があっても、その出来事によって心が揺さぶられなくなったら、本当に楽に生きられるはず。まだまだ修行の足りないわたしは、些細なことで、ガクッと憂鬱になったりします。本当につまらない不運で(笑)

またちょっとした幸運で有頂天になったりもする。そしてそのあと、やっぱりガクッとする。幸運も不運も幸福をもたらせ続けるものではないようです。

どんな感情もその時だけで終わる。幸運も不運も引きずらないこと。よかったことも、悪かったことも、その時点で終わりにする。とにかく「今」を生きることに専念することが、ベストなのでしょう。

「人間にはしたいこと、するべきこと、できることの3つしかない。このうち、人ができることはできることのみである」と岸見氏は言います。

自分に「できること」を懸命にやること。これが大事だということです。

 

日常生活でささやかな幸福を感じられる瞬間を持てることは、人類の偉業と並ぶほどの奇跡といってよい出来事なのだ。 by 岸見一郎

日常をより大事にすることに専念したいと思っています。ヽ(^。^)ノ


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。