電車に乗るとバレるらしいよ。幸福な人なのか、不幸な人なのか。

『通勤電車でバレる幸福な人、不幸な人』

目に止まったこんなタイトルのニュース記事

通勤電車の中の態度で、その人が幸福かどうかバレるって、どういうこと?

わたしは通勤電車は大嫌いです。通勤電車が好きなんて言う人は聞いたことがありませんけどね。わたしは在宅での仕事が主なので、日常的に乗ることはありませんが、数年前までは週に何度かは通勤時間帯に電車に乗って仕事に出かけていましたので、その殺伐さはよ~く知っています。

アレって、乗る前には、みんなすでに戦闘態勢。車内はなんかトゲトゲしい。みんな戦闘気分だからね。通勤電車に乗って幸福感を醸し出せる人なんて「恋に夢中で世界がバラ色」とか、そういう人しかいないんじゃないの?

通勤電車でバレる「幸福な人、不幸な人」という記事を書いた方は心理カウンセラーさんです。

自己肯定感が高い人ほど、生活の意欲や幸福感が高くなる傾向がある。

それでは「自己肯定感が高い」とはどんな人か。キャリア25年、臨床経験のべ7万9000件以上の心理カウンセラー・大嶋信頼氏は「たとえば通勤電車で自信満々な態度で席に座り、周囲を威嚇しているような人は自己肯定感が低い。一方、自己肯定感が高い人ほど自然体で車内でも目立たない」という。

(出典:プレジデントオンライン 『通勤電車でバレる幸福な人、不幸な人』)

自己肯定感の高い人ほど、生活の意欲や幸福感が高くなる傾向がある・・・って、あたり前すぎて驚きます。そして、自己肯定感と車内での態度には関係があるらしいのですが。

満員電車でみんな詰めて座っているのに、一人だけ踏ん反り返って腕組みをして足を開いて座っているおじさんは自己肯定感が高いのかな? と考えてみます。

(中略)

ぱっと見は、偉そうな態度を取っているから「自己肯定感が高いのかも!」と思ってしまうのですが、よくよく考えてみたら、自己肯定感が高かったら「俺はすごいんだぞ!」なんていう態度をする必要はありません。すると、「このビジネスマンは自己肯定感が低いのかもしれない!」と。

(出典:同上)

確かに車内で目立っている人っていますよね。程度の差こそあれ「自分はここにいるゾ。認めろ!」みたいな。

そして心理カウンセラーさんは車内で不快感を与えずに目立たない人が自己肯定感が強い人だと言っているわけです。

自分で自分を肯定できる人が幸せだと、この心理カウンセラーさんは思っているようだし、わたしもそのことには同感します。

だけど、通勤電車の態度で分かる?

ルールを守って静かに乗ってるだけという人も多いと思います。だけど心の中までは見えません。

ただ、車内で他人に対して、威嚇したり、不快な思いを与える人(舌打ちしたりなど)は、何か不満を抱えて生きているんだなと察することができます。これは明らかに幸せじゃないだろと思います。

何でもなく存在している人に中に、自己肯定の強い幸せな人がいるのはあたり前の中のあたり前です。目立つとか目立たないとか、そういう分け方でもないような気もします。

わたしは不幸な人は見つけ出せても、実は幸福な人は見つけ出しにくいんじゃないかと、この記事を読んで思いました。

この年になれば、電車に乗らなくても自己肯定感の低い人は見分けられます。でも幸福な人かどうかは、ある程度話をしてみないとわかりません。

まあ、そもそも、その人が幸福か不幸かどうかなんて、知ったこっちゃない。他人が推し量れるものではないと思います。

わたしは電車に乗る時には忍者のように存在を消すようにして乗ってるつもりです。それが一番身を守るんじゃないかと判断しているからです。でも赤ちゃん連れの人とか、自分よりお年寄りの方とかは気にするようにしています。自分ができることは、して差し上げたいと思うくらいの公共心はありますので。

でも、今度電車に乗ったら、ちょっと見まわしてみようかな(笑)


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。