達郎さんの「お経のような曲」って、なんだ?

お隣さんから達郎さんの曲に関して質問されました。

「こんな曲、知ってる?」

こんな曲・・・っていう説明が、笑っちゃいましたけど。そういう表現があるんだなあ〜。

 

ラジオで流れた曲

お隣さん、達郎さんの曲がラジオから流れて「もう一度聞きたいんだけど、曲名を聞き逃した」とのこと。

聞き逃しなんて、熟年世代には日常茶飯事。

と、いうことで事情聴取開始。

お隣さんの説明は、これだけ(笑)

「うーとか、あーとか、お経みたいな曲」

これだけで、すぐに分かる人がいたら、相当、達郎さんを聞き込んでいる方と存じます。

うーとか、あーとか・・・ねえ。

お経みたいな歌・・・ねえ。

多分、バラードであることは間違いないよね。

お経ということは、ちょっと説教くさい曲か?

頭の中で、達郎さんの曲のリストを思い浮かべて、頭を動かす。

思考すること3分。

達郎ファン歴10年のワタクシは、ちゃんと答えにたどりつきましたよ。( ̄^ ̄)ゞ

 

蒼氓

その曲は「蒼氓」(そうぼう)という曲でした。

お経に聞こえるかどうかは、あなたの耳しだい(笑)

もちろんわたしにはお経には聞こえませんでしたけど、わりと早い段階でリストアップされたので、お経というキーワードも、まんざらではないかも。

お隣さんは山下達郎というと「クリスマスイブ」とか「ライドオンタイム」とか、わりとアップテンポの曲のイメージがあるようで、「蒼氓」はかなりイメージとは違う曲だったそうで、興味を持ったらしいです。

曲の最後にコーラスが入っていますが、コーラス隊は桑田佳祐さん、原由子さん、竹内まりやさんです。

よく聞くと桑田さんの声が聞こえてきます。

「蒼氓」は1988年に作られた「僕の中の少年」というアルパムに収録されている曲です。

達郎さんは30代前半。生きることに対する価値観が固まり始めた頃に作られた曲のようです。

憧れや名誉はいらない

華やかな夢も欲しくない

生き続ける事の意味それだけを待ち望んでいたい。

「蒼氓」より引用

60歳を超えたわたしが、今、聞いても、違和感のない歌詞。この境地に30そこそこで達していた達郎さんは、やっぱり詩人でもあるなあと思います。

 

哲学的な曲

達郎さんの曲の中には、哲学的な曲が何曲かあります。

人生とはなんぞや、生きるとはなんぞや、こう生きるみたいな。

「蒼氓」

「希望という名の光」

「REBORN」

歌詞の一部が哲学的というのではなくて、曲全体が哲学的なんです。どれもいい曲です!

わたしが達郎さんの曲の中で一番好きなフレーズは、

「さよなら夏の日」という曲の

♪雨に濡れながら 僕らは大人になっていくよ

♪明日になればもうここには 僕達はいない

この歌詞は「無常観」そのもの!いつ聞いても、何度聞いても、ジーンとしてしまいます。

時は流れています。

良いことも続かないし、悪いことも続かないし、いつまでも年を取らないではいられないし、出会った人や猫とは別れがやってくるのも定め。

そんな定めを受け入れる俯瞰的な視線が大事だなあと思う今日頃ごろです。

歌を通して、そんな感情を作者と共有できたことは、わたしにとってはとってもうれしいことなのです。


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4 件のコメント

  • 遅くなりましたが本年も宜しく
    お願い致します。
    お隣さん、面白い~。
    でもその気で聞くと曲の前半は
    お経っぽく聞けなくもないです。
    こんなイントネーションのお経を
    聞いた様な気がしないでもない?
    声明でクラクラする私ですので
    どちらにしてもgoodです。
    でも達郎さん、良いですね。
    CD欲しくなりました。
    お勧めのアルバムはありますか?

    • キャサリンさん

      ご購入ありがとうございました。
      達郎氏および達郎ファンを(勝手に)代表して
      お礼申しあげます(笑)

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。