【300回目の投稿】「今、かあちゃんは幸せか?」

この記事が300本目の投稿になるようです。

いつも読んでくださる皆さんに心から感謝申し上げます。

本当にありがとうごさいます。ヽ(^。^)ノ

本日は「幸せ」ということについて書いてみました。

 

かあちゃんは幸せか?

長男が電話をかけてきた。ルルルルルル。

つい数日前に別れたばかりなのに、なんか用かい?

息子「とにかく、素直に答えてくれ」

母「答えられることなら、答えようぞ」

超プライベートなこと、聞かれると、ちと困るけどね。

息子「母ちゃんは幸せか?」

突然問われると、驚く。しかし答えはパッと浮かんできた。躊躇なし。

母「うん!幸せだよ」

息子「なんで幸せだと言いきれるんだ?」

ん?幸せの理由か・・。う~ん。理由なんてないなあ。

母「この瞬間、居心地のいい時間を過ごせているから!」

息子「完ぺきな答えや!かあちゃん!」

へっ?何が完璧な答えなの?これ、テストだったの?

それにしても、日ごろ褒められない人から褒められたことに驚いた。

 

本当の幸せとは

幸せには種類がある?

息子の職場で「本当の幸せ」ということが話題に上がったらしい。心理学がどうのこうのと言っていたので、たぶん真面目な話だろう。

幸せの理由を聞かれて、具体的な理由をあげる場合は、実はそれは本当の幸せではないのだと言う。その理由が消えたら、幸せは消えるからだ。

そりゃそうかもしれない。幸せには理由なんか・・・ないと思う。幸せは感じるものだからね。

わたしはわたしを包んでいる現在の状況全部から、幸せを感じている。

そりゃ嫌な事もしんどい事もあるけれど、すべて相殺して、胸張って「幸せです」と言える。

お金がたっぷりとあるわけでもなければ、天性の美貌を持っているわけでもない。平々凡々な日本人だと思う。

でも、わたしは幸せ。

そういう理由のはっきりしない幸せ感が、本当の幸せだと言うのだ。あらま~。

しかし息子や心理学関係者から「あなたの幸せは本物です」とか言われても、それがわたしの幸せに関係があるとも思えないけれど。

 

昨日・今日・明日の関係

本日、現時点で、わたしが持っているもの。

人間関係とか金とか物とか。

この量が多いとか少ないとか、いいとか、悪いとか、そんなことは、もう今さらどうしようもない。

“わたしという人間が60年かけて積んできた結果”であるというだけ。

今日は昨日までの結果。

今日は明日の過去。

今日が明日を作っていく。

1億円持っていなくても、夫がいなくても、豪邸に住んでいなくても、完ぺきな健康体でなくても、幸せと言えるか。

まあ、言っちゃうね!ヽ(^。^)ノ

 

笑い話にも悲しい話にもなる人生

わたしは自分の人生を笑い話にしても語れるし、なかなかの悲劇としても語ることができる。いくらでも語れる(笑)

つまり、それはどういうことかと言うと、自分の人生をどのようにも思いこめるということにほかならない。それはわたしだけに許されたことだ。

だから、わたしは自分の人生を肯定することにしている。こうなるべくして、なっているのだと思うことにしている。たぶん、自分の人生を愛おしいと思っている。

だから、今日をちゃんと生きようと思っている。

 

舵取りは自分

すべては、今が「平穏」であること。それを目指している。

その方向に舵を切っているつもりだ。自分の心を「平穏」に保つこと。これが案外難しい。

人に依存していたら、それはかなわない。自分の足で立っていないと、すぐに「平穏」は破られてしまうからだ。

「あの人がこう言った」だの「こんなことされた」だの、そして結果「ムカつく」ことになったりする。

心が揺さぶられるだけで、何の実りもない。

自分の思うようになど、人は動くはずもない。自分だって、人の思惑の通りには動いてはいないのだから当たり前のことだ。

人はそれぞれの独自の感性の中で生きている。

揺るがされない自分の芯を作ること。これこそが人生の一大目標なのではないかと思う。

 

ひとりで暮らして分かったこと

一番愛しているのは自分

わたしには大好きな人が何人かいる。

大切な人たちだ。その人と過ごす時間はとても楽しいし、ものすごくかけがえのないものだ。

しかし、それと同じくらい、自分ひとりの時間が大切であることを断言できる。

自分を理解してやること。

自分を自分以上に愛せる人はいない。

それは他人を否定することでもないし、他人を悪く思うことでもない。

自分の価値観で他人を判定しないことだ。このことに気づくことが、幸せにつながっていくような気がしている。

 

世間体なんかに寄り掛からない

幸せなんて、そんな大げさなことじゃないと思う。

まして人から評価されることなんかじゃない。他人から「幸せでいいわねえ」なんて言われたくて、生きてるんじゃない。

たとえば「いいねえ~いい学校に入って」と言われても、それは一瞬のこと。進学した学校では、すでに次に向けての戦いが始まっている。

戦おうと思ったら、いつまでも戦い続けることができる。

世間体で学校や仕事を選ぶなと息子たちには言ってきた。

中学に入ったころから、

「自分を活かせる所に行け」とことあるごとに言ってきた。

しかし言うのは簡単だが、行うのは難しい。そんな実体験がある。

次男が自分の偏差値より15以上も下の高校に進学したいと言ってきたのだ。まさか本当に言ってくるとは思っていなかったので、正直、とまどった。

その時は「ああ、わたしも普通だな」と思った。 普通の見栄っぱりなんだと思った(笑)

話し合いの結果、次男の直感に従ってみることにした。その結果には中学校の先生たちも仰天していた。

そして高校進学を機に、次男はこの町の価値観からさっさと離脱した。

次男が自分で下した結論は、間違ってはいなかった。大当たり!

その高校が次男に与えた教育は、今でも彼の指針になっているそうだ。

あの時、世間体を優先していたら、全然違う結果になっていたかもしれない。良いか悪いかは分からないけれど。

 

ひとり時間で思うこと

1人で寂しくない?

「1人で寂しくない?」って、聞かれることがある。

実は寂しいという感情そのものを、あんまり感じない。

強がりでも何でもない。寂しいという感情は、遠い昔にすでに置いてきたのかもしれない。

1人でいることが寂しいって、どういう感じがするのか、もう思い出せない。

人と別れる時に、胸が苦しくなるけれど、それは寂しいという感情とは違う。

離れがたいというだけ。でもそれはほんの一瞬で、すーっと通り過ぎていく。

1人でいるとき、何をしているかって?

それは自分の世話

掃除したり、料理したりと案外忙しいもの。そして、時々、思いを巡らせるのは大好きな人たちのこと。その時間はとても満ち足りた時間。

そしてとりとめもなくゆっくりと思考する時間は、自分だけの対話時間で、かけがえのない時間。

 

好きな人がどれだけいるか

好きな人たちを考える時間。

好きな人はパートナーでなくてもいいし、肉親でなくてもいい。友だちでもタレントでも、心で思うだけならば、極言すれば生きていなくてもいい。

いま、好きな人たちがこの世のどこかに存在しているから、わたしは幸せなんだけど、もしも会えなくなったら、思い出をカミカミしながら生きていくつもり。

またいつかどこかで再会することを夢に見ながら生きていく。

いつかまたどこかは、極言すれば、この世でなくても全然かまわない

どれだけ好きな人でも、どんな形かは分からないが、いつか必ず別れは来るので、その覚悟はいつでも必要ろう。

だから、大好きな人たちと別れる時には、これが最後と思って、心を込めて、にこやかに手を振ることにしている。

この世で好きな人が何人いたかということは、幸せを感じさせてくれる一つの要素であることは間違いない。

できるだけこの世で、好きな人を確保したい。

そして好きな人たちと楽しい時間を過ごせたら、さらに幸せを感じる時間をすごせると、固く信じている。

それは寄りかかることではないよ。しつこいけれど(笑)

本日も読んでくださって、ありがとうございました

これからも、読んでいただけたら、うれしいなあと思います。ヽ(^。^)ノ


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りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

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10 件のコメント

  • ㊗️300回
    初めてコメントさせていただきます。
    関西方面の片田舎に住んでいる辰年生まれの読者です。
    りっつんさんのブログを知ったのは、つい最近です。面白くて1回目から一気に全部読んでしまいました‼️
    スチームクリームを取り寄せ、キノコの保存煮もすでにまねしてます。
    りっつんさんのブログを読むと幸せな気分になります。これからも楽しみにしています。

    • どらさん。祝マークありがとうございます!
      全部一気に読んでくださったとは、さらに感謝申し上げます。
      スチームクリームのこと、忘れてました(笑)
      そろそろ恋しい季節です。
      かわいい缶がいいですよね。
      これからも、ぜひ読んでくださいねヽ(^。^)ノ

  • りっつんさん、こんにちは。300回目のブログ記事を、しみじみと読ませていただきました。共感すること多し、です。これからも自由に書いてくださいね。楽しみにしています。

    • あじさいさん。コメントありがとうございます。
      「これからも自由に書いてください」という温かいメッセージ、
      とってもうれしいです。
      書き続けてみようと思っています。ヽ(^。^)ノ

  • りっつんさんのブログ最初から少しづつ読ませていただいています
    もう一度読みたいものは日付の入ったところをスクリーンショットして何度も読んでいます
    今回のこのブログがそうです
    私も泣かない女なんです
    未亡人ではないのですが21歳の娘を8年前に亡くしました
    自分の人生を笑い話しにも悲しい話しにも語れるってすごく共感します
    可哀想な人に見られたくなくて脳天気な人になっていたのかもしれません
    本当に慰められました
    そしてちょっぴり泣いてみました

    • コロボックルさん

      おはようございます!
      今日のコロボックルさんの地方の天気はどうですか?
      埼玉は快晴です。いい天気です。

      わたしの夫はいつの間にか、わたしの中に住み着いてしまいました。
      きっとコロボックルさんの娘さんも、住み着いているんじゃないかな。
      時々、声が聞こえませんか?
      ・・・って、何だか怪しい人になってきましたね(笑)
      でも、本当です。
      最近わたしは、100年後の世界もわたしは見られるなあって思うようになりました。
      形がなくなるだけで、意識はあるような、そんな気がしています。

  • はじめまして。2021年9月3日の記事より飛んできました。
    去年からブログを読ませてもらっています。お会いしたこともないのに、人柄が伝わってきて、毎日更新されていることに安心感を覚えます。
    幸せについて最近考えることが多いのですが、わたしは普通に見栄っ張りです笑 体裁を気にして周りと比べることでしか幸せを感じられてないなあと思いました。
    今を心地よく過ごすことを目標に、ゆるく生活できたらいいなと、そんなことを思いました。今日、この記事に出会えてよかったです。ありがとうございます。
    これからも楽しみにしています!

    • おしんさん

      はじめまして

      人目をあまり気にしなくなってから、
      どのくらいたつのかなあ。
      あえて目立つこともしたくないし。
      本当にもうどうでもよくて(笑)
      だから、とっても緩く生きてます。
      これも年齢を重ねたからだと思っています。

      これからもどうぞご贔屓に!

  • 始めまして。
    いつも読ませて頂いています。
    いつのまにかりっつんさんのファンになっていました。
    この記事が特に好きです。

    これからもお元気で、心にすっと寄り添ってくれる記事を書いてください。
    応援しています。

    • ちえみさん

      はじめまして。
      コメント、ありがとうございます。

      古い記事も読んでくださって、うれしいです。
      いまも、あのときと同じ。
      しあわせだと言い切っちゃいます。
      しあわせは、まさに青い鳥ですよね。

      これからも、どうぞごひいきに!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。