未亡人になった私が抱いた3つの不安とそれを乗り越えた方法

こんにちは、りっつんです。

いつ、何があるか分からないのが人生です。

  • 夫に先立たれ、どうしていいか分からない
  • いきなり1人になってしまい、不安でいっぱい

そんな誰かのために、自分の経験が役に立てばと思いこの記事を書きました。

 

25年前、私は未亡人になった

今から25年ほど前、わたしは未亡人となりました。現在の日本では夫を失っても生きていける環境がそれなりに整っています。しかし、そうは言っても、その道すがらにはそれなりの苦労があったことを思い出します。

私の年表
  • 普通の妻としての人生は12年だけ(24歳~36歳)
  • 同じくらいの年月をかけて2人の息子を育て上げました(36歳~50歳)
  • そして、また同じくらいの年月を自分と向き合いながら1人で生きています(50歳~)

 

未亡人になって直面した3つの不安

不安①:これからのお金のこと

まずはなんと言ってもお金の不安に襲われました。不安の半分以上はお金のことでした

夜中に飛び起きて、電卓をたたいたことが何度あったでしょうか。限られたお金をどのようにして使っていくのか。果たして足りるのか。

このお金で子どもたちに何としても自立できる力をつけてやらなくてはなりません。

何しろ子どもは、10歳と8歳。まだ小学生でした。先は長い。大人にするまで10年以上はかかります。どれくらいのお金がかかるのか、まったく見当がつきませんでした。

  1. 遺族年金
  2. わたしの収入(※)
  3. そして夫が身に代えて残した保険金

この3つだけで何とかやっていかなくてはなりません。定年まで続くかと思われた夫の安定収入は完全に途絶えてしまったのです。

実は当時もうひとつの問題が起きていました。わたしはフリーライターの仕事をしていましたが、バブルの崩壊とともに仕事量が激減。

新たな仕事を探さねばならない事態に陥っていたのです。夫の死と仕事の不調。悪いことは重なるものなのです。

 

不安➁:残された子ども達を一人で育てられるのか?

女のわたしに男の子を2人も育てられるのか?

父親がいなくなったことで精神的に不安定になった次男。少しの間でしたが不登校ぎみになってしまいました。

そんな次男の顔を見ると、とてつもなく心細かったことを思い出します。

わたしは中学から女子校育ちです。男の兄弟もいません。中学生や高校生男子のイメージが無く、本当に不安でした。まともな男に育てられるのか?

長男がいじめ問題を経験していた経緯もありました。その時は夫が対応してくれて乗り切りましたが、その対応がわたしにできるのか?

子どもが病気になったりしたら、わたし1人で対応しなくてはならないし・・・。

不安が不安を呼んで寝られない日々が続きました。

 

不安③:このまま一生一人なのか?(再婚問題)

36歳で未亡人となってしまったわたし。

これからず~~~っとひとりなの? もう恋とか愛とか、巡ってこないの?あ~あ。あ~あ。

まだ結婚していない友人もいるのに、早々と未亡人だなんて、いったい何の因果でこうなってしまったの。若かりし頃の悪行の報いなの?あ〜あ。

この「あ~あ」は今でも時々あります(笑)

心の整理はついているとは言え、やはり仲良し(に見える)熟年夫婦を見ると、うらやましく思うことがあります。

でもね、先に行こう!

 

3つの不安を乗り越えた方法

①お金の不安への対策

【遺族年金とわたしの収入でやりくりする】

まず息子たちが高校入るまでの5年間は貯金・保険金に手をつけないと決めました。

遺族年金とわたしの収入だけでやりくりすることにしました。

わたしは新しい仕事を得ましたが、安定した収入ではありませんでした。それでも在宅での仕事にこだわったのは2つの理由があります。

  1. あまり丈夫ではない自分の体力面に配慮したこと
  2. 息子たちのそばに、できるだけいたいと思ったこと

収入を多くするより、倹約を心掛けることにしたのです。

そして年ごとにどれくらいのお金が必要なのかを一覧表にしました。

たとえば長男が大学1年の時に次男は高校2年生。かかる教育費はいくら?というふうにです。

次男が22歳になるまでの15年分を表にしました。いろいろと変化するので、毎年書き直しをしていました。書き始めた時のわたしは36歳で、表の終わりは51歳でした。

こういうものを自分で作れない人は、FP(ファイナンシャルプランナー)さんに相談しても良いと思います。ただし、保険を売りたいだけのFPさんも多いので注意してくださいね。きっと、助けになってくれる人もいるはずです。

 

【明確な金銭計画を立てた】

一覧表を元にして、教育費はどれくらいかかるのかシミュレーションしました。表を作って予測してみると、ある程度の金額が予測できることに気がつきました。そして、

  1. 息子たちが高校生になるまではできるだけお金を使わない
  2. 高校生になってからはお金は惜しまない

こう決めたのです。

持っていた現金を10年後から1年ごとに6年間に渡って受け取れるような金融商品に換えました。すぐに使えないようにして、1年ごとに使えるお金を限定する目的でした。

以下は結果として使った教育費です。

【長男・700万円】県立高校3年⇒予備校1年⇒国立大学4年⇒大学院修士課程2年⇒大学院博士課程3年

※修士課程は国からの給付型奨学金を受け、わたしは家賃6万円を仕送り。博士課程は国からの給付型奨学金と嫁の収入により、わたしの負担はゼロ。

【次男・700万円】私立高校3年⇒私立大学4年

これは学校に使った金額なので、実際にはこの2倍近いお金を使っています。交通費・小遣いなど息子たちを大人にするまでには、多額のお金がかかりました。

毎年予算配分を見直したりして、やりくりしました。

当時、夫の死亡保険金の手続きをしてくれた保険会社の方は、夫の死後数年経っても、まだ私が保険金に手をつけていないことに驚いていました。ほとんどの人は、数年で使い切ってしまうようですね。

 

【言うべきことはハッキリと伝え、言わなくて良いことは伝えない】

息子たちへの伝言

  • 理系なら国立大学のみ可。文系ならば私立でも可。
  • 浪人は一年まで。留年は不認。交通費は全額支給。
  • 衣服も支給。小遣いは2万円。

わたしは息子たちにお金の心配をせずに大学に通ってほしかったのです。それはたぶん夫の望みであると思います。人生の中で若さと自由のある時間はわずかです。その時間を思う存分に生きてほしいと思いました。

ただし、親の金で酒を飲むな。飲むなら、自力でバイトして飲め。

わたしは息子たちに「大学の学費を出したのは父親。だからわたしへの恩を感じることはない」と伝えています。

具体的な貯蓄額などを明かしたことは一度もありません。今でも親の持っているお金の額など知るべきではないと思っています。出すか、出さないか。その判断はすべて一人でしてきました。

父親が命に代えて残したお金は、わたしが責任をもって息子たちに渡しました。父親が生きていればできたことは、たぶん全部やってあげられたと思っています。

 

➁子どもに関する不安への対策

【自分のなかに夫を住まわせた】

子どものことで迷った時には、心の中で夫の声を聞くようになっていました。夫ならたぶんこういう判断をするだろうと想定して決断していました。

わたしたち夫婦は激しいケンカもよくしました。真っ黒な雲が立ち込めた時期もありました。しかし14年という短い時間ではありましたが、わたしは夫をそれなりに理解していたと思います。

だから、今、わたしは一人で子どもを育てたとは思っていません。夫とともに育てたと思っています。

まあ、今だから言えるけれど、父親像を少し美化していました。わたしは自分に都合のいいように理想的な父親像を作り上げてきた気がしています。

夫婦間ではいろいろありましたが、わたしは父親の悪口を息子たちに言ったことはないです。基本的には父親をいつも褒めてきましたそこにはわたしのプライドもあります。

くだらない男に好かれた女だと、息子たちに思われたくないからです(笑)

 

【共通の趣味を持った】

娘ならば、話題もあるでしょう。しかしうちは男の子。たぶんそのうち、共通の話題はなくなるだろうと思いました。それなら、共通の趣味を持てばいい。

夫の死後半年ほどが過ぎて、わたしは本格的なミュージカルに連れて行くことを思い立ちました。以前から子ども向けの演目は見せていましたが、本格的にミュージカルを趣味にしようと思ったのです。

2月の寒い日でした。「CATS」を品川の特設会場にて観劇。忘れられない演目です。

そしてわたしは息子たちに付き合ってそれまで無縁だったプロ野球の観戦にも行くようになりました。

共通の趣味を持ったおかげで、我が家では会話が断絶した期間はありません。立派な反抗期もありましたが、何とか越えることができました。

今でも我が家はミュージカルの話で盛り上がります。

 

③一人ぼっち不安への対策

これはわたしの人生においては最大の問題です。実は夫はわたしの人生ばかり心配していました。子どものことなどあまり心配していないようでした。

母親として生きるのか、女として生きるのか。わたしにとっては両立はなかなか厄介なことだと思いました。

わたしは子どもたちにもう一人の父親はいらない思いました。わたしたちの価値観だけで育てたかった。別な価値観が持ち込まれたら、めんどくさいことになると思ったのです。

なので息子たちがそばにいる間は、そういう個人的なことは持ち込まないと決めました。

そして今。

  • 息子家族の生き方を尊重すること
  • 気心の知れた友だちを大切にすること
  • 近所の人と仲良くすること

これで一人暮らしではありますが、孤独を感じることはまったくありません

それでも一生懸命歩いていると、ちょっとした幸せが降ってくることもあるかもしれない。 まあ、そういうことにしておきましょう(笑)

 

まとめ:未亡人でも大丈夫!絶対になんとかなる!

未亡人は寂しそうに生きていると受けがいいものです。が、そうでないと面白くない人もいるようです。やはり女だとは対応が違うなあと思うこともあります。

わたしの未亡人としての人生は続いています。わたしは息子たちが巣立ってからの今が、未亡人本番だと思っています。

一人で生きること。誰にも依存しないこと。それを知ることこそが、何か意味のあることなんじゃないかと思うのです。

依存しないということは、人と付き合わないということではありません。誰とも話をしないという日はめったにありません。わたしは家族とは良好な関係を築いていますし、気の合う大切な友人も何人かいます。

良き人間関係があってこその人生だと思っています。そのためにも依存し合わないということが何より大切だと思っています。

36歳の時、一覧表を書きながら50歳を越える日が来るのかしらと思ったことが、まるで昨日のことのようです。わたしはすでに還暦を越えました。

夫が亡くなってすぐのころ、そばで眠る子どもたちを見ながら、本気で神さまに祈ったことがあります

「あと10年だけ生かさせてください。そのあとは何の文句も言いません!」と。

その期限はとうに過ぎました。神さまに祈ったわたしの言葉にウソはありません。だからこれから何があろうとも、すべては神のおぼしめし。すでに余生なのです。

未亡人になってよかったことがあるとするなら、それは自分の足で歩いた実感があること。

こうやって悩みながら歩いてきた日々は本当にかけがえのないものです。

もしこの記事が、若い未亡人さんの目にとまっていたなら、いいなあと思います。とてもうれしいです。懸命に歩いた先には、きっと思いがけないプレゼントが待っていますよ。

何があっても、絶対、必ず乗り越えられます。

悩み多き、若き未亡人たちの未来を応援していますヽ(^。^)ノ


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20 件のコメント

  • こんばんは 
    降り続く雨の夜長 しみじみ読ませていただきました。
    わたし、スマホのメモ帳に 本とか新聞とかで深く心に残った文章を書き残す習慣があります。
    だって、すぐ忘れちゃいますものね(笑)
    りっつんさんのブログからもたくさんの言葉を頂戴してますよ
    うんうん、、、ってうなづくこといっぱい。
    元気いただいてます。

    • ずんずんさん。
      長文を読んでくださって、ありがとうございます。
      自分で書いた文章も、忘れてしまうことがあります。
      後で読んで「へえ~」なんて思ったり(笑)
      これからも、ぜひいらしてくださいねヽ(^。^)ノ

  • 私は、若き未亡人ではありません。自分で一人で生きることを選び
    30年以上になります。りっつんさんのように綿密に計画立てて生きる
    ことが出来ずに、あっちにぶつかり、こっちに跳ね返されてここまで
    来ました。でも、人生の目標はすべて達成することができましたし
    後悔はありません。ここまで来れたのも、子供や亡き両親、巡り合った人々、先達の言葉、夢中にさせてくれるエンターティナーが私の背中を押してくれたからだと感謝しています。
    自分の不幸を人のせいにしないで、自分で引き受ける。
    人の嫌がることはしない。

    • となりまちさん。
      一人なる道はいろいろですが、
      一人になってからの歩き方が似ている人とは話が合いますよね。
      「人のせいにしないで、自分で引き受ける」ということの大事さを学んだ60年だったと思います。

  • りっつんさん、こんにちは。古くて未亡人でない私ですが、読ませていただきました。
    言葉が適切かどうかはわかりませんが、「賢明なるりっつんさん、お見事です。」と言いたいです。濃く深い内容を、見ず知らずの私が読むのは、なんだか申し訳ない気持ちもします。
    「自分の足で歩いた実感」というのは、今までりっつんさんに対して、私がもっていた印象そのものです。

    桜の便りもうれしい季節になりました。楽しいお出かけをしましょうね♪

    • あじさいさん。
      ありがとうございます。
      こちらも桜が咲き始めました。どんどん出かけてまいります!ヽ(^。^)ノ

  • りっつんさん 偉いです。立派です。
    私の場合は りっつんさんと違って生き別れですが
    >基本的には父親をいつも褒めてきました。

    私も娘に娘の父親の悪口を爪の垢ほども言ったことありません。
    ご亭主の悪口を言うヒトの気が知れません。
    だって一緒になる時点で釣り合ってたんですよね(爆笑)
    それか 男を見る目がないのに結婚した賢くない女と公言してる(笑)

    お互い 子供に関しては心配のない余生を送れますね(^^)/

    • チェルさん。
      そんなつまんない男と恋をしたなんて、恥ずかしくて言えません(笑)
      子どもたちはしっかりした大人に育ち、今では傘下に入れられているようです。
      ちょっと悔しい気もしますが、老いては子に従ってみようと思っています。
      判断力は、わたしよりはるかに上になりました。もう安心です。ヽ(^。^)ノ

  • はじめまして。1年前の記事にコメントすることをお許しください。
    私は最近未亡人になりまして、小学生と中学生の2人の息子とともにこれからの生活を始めようとしているところです。
    正直、いまだ途方にくれており、なにか心の励ましになるような情報がないかと探しているうちに、こちらの記事にたどり着きました。

    同じく2人の息子さんとともに過ごして来られ育て上げられたりっつんさんのご様子に、大変励まされました。
    私もがんばってなんとかしていくしかないと、気力が湧きます。

    この記事を書いてくださってありがとうございました。
    気持ちが萎えそうな時には、また読み返しにきます。

    • 灯子さん

      はじめまして。コメントをありがとうございます!
      未亡人になったばかりの頃の途方に暮れていた自分を思い出します。
      夫の会社の健康保険を離れて、国民健康保険証を手にしたときの心細さ。
      今でもくっきりと覚えています。

      一年が過ぎ、三年が過ぎ・・・
      いつの間にか年数を数えなくなっていました。

      できるだけ世の中を見渡しながら、
      大海で小舟でもこいでるような気持ちで生きていきましょうよ!
      大きな船でも、小舟でも、到達する岸は同じなんですから。

      息子は頼りにすれば、頼りになりますよ!
      大丈夫!大丈夫!

      また、いつでもコメントしてください。

      わたしは自分を未亡人と呼ぶことをずっと避けてきました。
      しかし、こうして「未亡人」というキーワードで、
      灯子さんのような方に見つけていただけるのなら、
      未亡人バンザイです。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • はじめまして。
    若き未亡人に昨年になってしまいました。
    読まさせていただき大丈夫だと力を頂きました!
    夫と過ごしていた頃は、何気ない毎日子供と4人幸せでした。生前、夫婦間でのやり取りで、夫は私に訴えてるものがありましたが、私は見て見ぬ振りをしてきました。今になって教えてくれたことが今わかります。夫からのメッセージを胸に、必ず子供を自立させてから、私の人生、夫は胸で生き続け、私は私!の人生を歩みます!

    • ぽんさん。

      初めまして!
      ここにきてくれて、ありがとう。
      本当にありがとう。
      これからますます夫の存在を確認できるようになりますよ。
      ちゃんと問いかければ、心の中から声が聞こえてきます。
      形がなくなっただけ。だんだん同化していく実感を得られると思います。
      これは幸せな結婚生活を送った未亡人にだけ与えられたプレゼントです!
      大丈夫です。
      オリジナルな人生を歩いていきましょうよっ!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

      それにしても、若き未亡人からコメントをいただくと、なんだか、涙がこぼれそうになります。
      いよいよ、老人の域に突入しているのかな(笑)

  • りっつんさん、このブログを書いてくれてありがとうございます。私も昨年若くして未亡人になってしまいました。私には3人の子供がいます。みんなまだ小さいです。最近まで泣いてばっかりでした。でも子供達にとってこのままではダメだと思いました。でもまだまだ不安定な日もあります。私も子供達がちゃんと自立できるあと10年は生かしてくださいと祈っています。すごくこのブログを見ていて共感する部分が沢山あります。ちゃんと笑わなきゃならないし、育てていかなきゃですよね。私も頑張ってみます☺️

    • うっきぃさん

      こんにちは。コメント、ありがとうございます。
      心が不安定で当たり前ですよ。
      そんなにあっさりと立ち直れるわけがありません。
      わたしも、何年も何年もかかりました。
      でも、無理に笑わなくても、いつの間にか笑っている日がきます。
      あれれ?って思いますよ。
      人間なんて、そんなものです。10年も泣き続けられないものです。
      子どもを育てていくことも、シンプルに考えればいいんです。
      「食べさせること」これに尽きます(笑)
      温かいものを食べさせておく。子どもたちは、それで大丈夫ですから。
      子どもは強いです。親がなくても、しっかり生きていくものです。
      3人は運命共同体として、きっと力を合わせていくはずです。

      コメントをいただいて、子育ての経験を記事にしてみようと思いました。
      そのときには、ぜひ、読んでくださいね。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • 数日前に突然未亡人になりました。40代後半の嫁です。
    あまりにも展開の早い日々で、夫がなくなってからも受け入れることができず、それでも、葬儀の準備や連絡、そして葬儀が終われば手続きに動き。夫の遺骨を抱くと涙が出て、外に出てても突然涙が出て、不安と寂しさ、悲しみといろんな気持ちをおさえながら1日1日過ぎていってます。

    こちらにたどり着き、コメント欄に思わず書き込んでしまいました。

    • ぽんさん

      初めまして。
      あまりの出来事に戸惑っていらっしゃることでしょう。
      わたしは予想はしていたし、覚悟もしていたけれど、
      やはり、夫の動かない姿を見て動揺したことを覚えています。
      もっと強く夫を揺すったら、生き返ったんじゃないかと、ずっと思ってました。
      そんなこと、あるわけないのに。
      時間が過ぎていくのを待つしかないです。
      しかし、必ず、時間は過ぎていきます。
      そして、残された者の心にも、必ず、変化が訪れるものだと思います。

      • 有難うございます。
        主人が亡くなって一週間が過ぎました。私の中の気持ちに関係なく時間は過ぎるのですね。
        毎日涙がでてしかたありません。
        1人になった寂しさ、不安で苦しいです。

        主人と最後話がしたかった。
        主人に私の顔を見てほしかった。
        私が代わりに死ねばよかった。

        • ぽんさん

          ご主人が亡くなって1週間では、ただ戸惑うばかりでしょうね。
          ただ、ぽんさんの人生は、ぽんさんだけのもの。
          ぽんさんが生きている意味があるのです。
          それに気づいていくのが、これからの人生だと思います。
          亡くなった人は、そばにいますよ。
          形が無くなっただけです。

  • 主人が亡くなって2週間経ちました。

    会う人に「少しは、落ち着きましたか?」と言われます。
    内心は、「落ち着くわけない!」と言いたいけれど言えるわけなく「そうですね」と濁しながら言う自分がまた辛くて。

    他人からしたら当たり前なのもわかるんですが、辛いです。

    泣かない日はありません。

    用事で外に出ても、それ以外は行くところもなく、
    主人がただそばにいてくれてた日常に戻りたいです。。。

    • ぽんさん

      人はいろいろ言うものです。
      でも、ぽんさんに寄り添ってくれる人も必ずいます。
      そういう人が1人いれば、それでいいのですよ。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。