8月8日午後5時過ぎ。二重の虹!良いことがあるかもねっ。

台風一過。少し強い風が吹き、時々雨が落ちていた夕方でした。

外に出てみると、虹!しかも、ダブルレインボー!

カレンダーを見ると8月8日。末広がりの八が2つ。

ダブルエイト!これは縁起がいいよ。間違いない!

 

気がかりなことは去った

この春から、気かがりなことが2つありました。

しかし、ダブルレインボーから「もう終わりだよ」と告げられた気がしました。

もう勝手も勝手。独善的解釈1000パーセント(笑) それ以外の解釈は認めない。

いいんです。終わったと思えば、終わり。誰がなんと言ってもお・わ・り。

もう大丈夫だ。ニコニコ。

「ノアの箱舟」の物語でも、大洪水が終わった印として空に虹が現れたはずです。

何かが終わって、次に向かうなんだよ~!お告げなんだよ~!魔女が言うんだから、間違いないんだよ~!!

ほら!こんなにはっきりくっきりと。上にうっすらもう一つの虹が見えますよね。

 

中国文学と虹

虹を見るたびに必ず思い出すことがあります。

学生時代、「中国文学・・・」という講義を受けました。必須科目だったと思います。

ああ、タイトルさえ思い出せない。たしか「詩経」とか中国の古典だったような記憶が、おぼろげにあるだけ。しかし、その中でひとつだけ忘れていないことがあるのです。

中国の古典文学においては虹は性的な意味合いを持っていたというのです。

大地との合体?接触?結合?大地に刺さる?まあ、とにかく、そんなイメージから、性的な意味があるということでした。

中国文学担当のプロフェッサー田中が、ウキウキと熱弁をふるっておられたことだけが、きっちりと記憶されているのです。先生の顔も浮かんできます。

先生の話を聞いて「いやらしい~」とみんなが声を上げた記憶があるので、さらに何か踏み込んだ講義をされたのかもしれません。残念ながら、そこは覚えてはいない。寝ていたのかもしれません。

中国文学の基礎の基礎も知らず、ただ「虹」の意味だけを記憶しているこのアタマ。

以来、虹を見るたび思い出すのです。

学業には極めて不熱心な学生でした。学業意外にありったけの力を注いで生きていました。

あの時、もっと真面目に学んでいれば、ここで「中国文学と虹」について、もう少し気の利いたことを語れたのになあ。

また、今さら、実はあの説はウソで「虹」にはそういう意味はないとか言われても困ります。もうすでに40年もそういうまなざしで、虹を見ていたのですから(笑) そういうことにしといてください。

 

虹の向こうは晴れなのかしら

天地真理さんの歌にこんなフレーズがありましたね。虹を見たら、ふと口ずさんでいました。

♪あなたの町のあのあたり~

虹の向こうは晴れています。きっと!

虹を見て、イヤな気分になる人はいないでしょう。

何か幸運をもたらせてくれそうな、そんな気分になる人のほうが多いと思います。

台風が去って、虹が出て。

きっと、いいことがあるはず!

きっと、大大丈夫なはず!


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2 件のコメント

  • きのうの虹はすばらしかったらしいですね。くっきりと二重で。
    なのになのに 見損なってしまいました~ くやしい

    私も虹が大好き。出そうなときは見逃さない虹待ち女、いや虹待ち婆。
    昨日も待っていたけど出てくれないので、家に入って夕飯の支度をしていたんです。
    そしたら友達が「出てるよ」ってメールをくれたんですけど、気づいて外に飛び出したときには・・ 消えてました・・・

    りっつんさん 虹が見れて気がかりが消え去って、ほんとによかったですね。
    中国文学と虹のお話が可笑しかったです。

    • ユキコンさん。あの虹を見られなかったとは、残念なことでしたね。
      しかし、わたしの写真で見たので、見たことになります。
      ユキコンさんにも、いいことが訪れます。
      う~ん。おいしい物が飛び込んできますよ!
      ・・・・なんと、いい加減な・・スイマセン(笑)

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。