わたしは長女。母と娘の関係はそんなに美しくはない。『長女たち』読後感想

本のデータ

『長女たち』篠田節子 新潮社  2014年刊行

「家守娘」「ミッション」「ファーストレディ」の中編3作品

「家守娘」を読んで。

主人公は43歳バツイチ出戻りの直美。昔はとっても素敵だった母。自慢の母。その母に認知症の傾向がみられるようになり、直美は仕事を辞めて介護に専念せざるをえなくなる。そこでいろんな事件が起こる。

状況を書き出すと、「あら、まあ 大変」ということになるが、何しろ家の立地がいい。世田谷に父親が残した広い土地と家がある。だいぶ老朽化した家ではあるが、母と娘が暮らすことに不便はない。

直美と妹は小学校からの私立出。直美はそこそこ優等生だった。妹は勉強が得意ではなかったが、ちゃっかり千葉のいい家に嫁に行ってしまった。今では立派な奥様。姉妹間のバランスの悪さ。どこにでもある、あまりにありふれた状況設定。

姉にも妹にもそれぞれの言い分がある。立場によって見え方が違う。損得が絡めばもっとシビアだ。わたしは実妹との会話を思い出して、不快感がふつふつと沸き起こる(笑)

娘は親の世話係?

「歳とって他人におしめを取り換えてもらうなんて、絶対に嫌。そんな恥ずかしくて惨めにことにならないように、必死で娘を育てたというのに」

主人公直美の母親の言葉だ。

わたしに次男が生まれたころ、学生時代の男友だちが何かの用事で電話をかけてきたことがある。ちょうどそのころ、その友人には女の子が生まれたばかりだった。

「俺のところに2人目に娘が生まれた。長生きの条件は娘がいることなんだぞ」と言っていた。まあ、半分冗談だったのだろうが。今なら、「世話をしてもらえないと長生きできないの?そんなに長生きしたいの?」と突っ込むだろうね。

こんな考えの人はけっこういる。息子しか持てなかったわたしから見ると、「母親と息子」より「母親と娘」のほうが強く影響を与え合っている人が多いような気がする。

友だちより高校生の娘と一緒のほうが楽しいと言っていた人。今頃どうしているだろう。

母親は善人?

わたしはいつしか、母親というものに対してかなり疑問を疑問を持つようになってしまった。わたしを含め、母親だからというだけで善人というわけでもないし、利口なわけでもない。精神的にはかなり未熟な段階で母になるので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

しかし、子どもたちにとっては母親はすべて。ここが大問題なのだ。母親の考え方が子供の価値観の土台を作ってしまうからだ。そうして子供の生き方にまでつながっていく。

せめて自分が未熟なことを認識できていればいいのだが、自分の未熟さを自覚できる母親は少ない。母親から発せられる何気ないひと言。しかも自信たっぷりだったりする。それが子どもの価値観を着々と作り上げていく。

だが、子どもはある年齢になると気づく。「あれ?おかしくない?」って。

わたしが自分の母の害について納得できたのは50歳が目前だった。ずっと違和感を感じていたけれど、その正体をよく整理できていなかった。なぜ自分が世間や他人に対してそんなふうな考えをするのか。それは母の凝り固まった考え方をバトンされていただけだった。

何ら根拠のあるものではなかったことに、目から鱗。何かつきものでも落ちたような気がした。

つまらないことに縛られ続けた50年。そもそも常識なんて、あってないようなもの。誰かの常識は誰かにとっての非常識。

わたしの場合、父の死でいろんなことが一気に整理整頓されてしまった。それから母から受け取っしまった生きていくのに邪魔になる価値観のひとつひとつを捨てる作業をした。バカバカしいねと笑えるようになった今、完全に卒業だ。\(^o^)/

偉そうなことを言ってるが、わたしも確実に息子たちにもつまらない価値観をバトンしている。それが自覚できるようになったのは大きいと思う。

息子たちには「それ、いらないから捨ててね」とよく言ってる。

わたしの母は娘たちを支配できると思っていた。支配というと言葉はきついが、支配という言葉以外は思いつかない。娘の人生を無意識にコントロールしようとしていた。たぶん自分に都合のいいように。

「長女なんだから、あなたを結婚させなきゃよかった。手離さなきゃよかった。なんのために娘を育てたのか」

これはわたしの母の言葉。

還暦で孫持ちの娘に、今だに言ってる。最近は「そうだよねえ」と合意したふりしてるが、心の中では哀れだなあと思うだけ。

もちろん母の考え方の全部が全部悪いわけではない。愛すべきところもたくさんある。育ててもらった恩も忘れてはいない。しかし客観的に見れば、わが母は基本的には自立できなかった人。わたしはそう思っている。

自立できていない人との付き合いは、本当にしんどい。たとえ母親だとしても。助け合うということと、寄りかかり合うということは、まったく違うことだ。

あくまでも現代においてと前置きが必要だが、親が子にしてやれることは「自立させること」。それにつきると思っている。今の社会環境は、家族が寄りかかりあっていた時代とはあまりにも違う。自立さえ果たせれば、何とかなる。

自立しあった者どうしなら、男と女でも、親と子でも、いい関係が築けると思っている。

結末、甘くない?

この小説では最後に突然、明るい光が差す。実家に戻り母親を守っていたことは、直美の結末としては悪くなかった。「あの土地」によってもたらされる結末は、直美の老後までも保証されることになる。

では「あの土地」がない家守娘の場合はどうなるのか。それは、もうただの暗い話で終わるしかない。明るい結末で終わるには「あの土地」が必要。もはやそういう終わり方しかできない。つまり寄りかかりあう母娘には、それくらい逃げ道はないってことなのかもしれない。

「あの土地」活用計画に妹は簡単に同意するのか? 別の意味でも、甘い結末なんじゃないの・・・かな。


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2 件のコメント

  • 身に沁みます。
    私も同じ様な状況で育ちました。
    私は母にとっては墓守り兼老後の保険でした。
    育てて貰った感謝は感じていますが、その育て方の過ち
    で、自我の確立において、どれだけ苦労と遠回りをさせられたことか!愛着障害にも陥っていました。
    色々あって現在は私も憑き物は落ちました。
    母の面倒は最後まで事務的に看るつもりですが、愛情は期待されたくありません。

    • キャサリンさん

      母親と娘は仲良しだけじゃないですよね。
      わたしは母親から解放されて、まだ5年ほどですが、
      ちょっとすがすがしい気分です。
      要請されたら手伝いはする覚悟ですが、愛情というよりは役目ですかね。
      そんな母を見ながら、自分の生き方を考えています。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。