「りっつんさんって、こんな本読むのぉ?」と言われそうですが、読みます、喜んで(笑) 。題名がいかにもなので、こういう場所に堂々と出すのはちょっとためらわれるけれど、この題名だからこそ、わたしはこの本を購入したとも言えます。中身がよくわかる題名って好きです。
この本に出会ったのは、たしか3か月くらい前。わたしの検索単語の何かに引っかかってアマゾンが紹介してくれたものです。
『エロティック日本史』 下川 耿史(こうし)幻冬舎文庫 2016年3月
わたしは日本文学を専攻していたこともあり、古い時代に大変興味があります。昔の日本人は真面目で固くて道徳的であるというイメージを持たれがちですが、本当のところはちょっと違うようです。
ほんの少しでも真実に近づきたい!と、わたしはいつも思っているわけです。今と違って、夜は暗くて長い。とすると、どうやってその時間を過ごしていたのか。
和歌を詠み交わして、そのあとは具体的にはどうなってたんだ?実は昔の人たちのほうが奔放だったんじゃないの?妄想の大翼はバタバタしまくります。
作者の下川氏がこの本が書く動機になったのは「性の通史」を作りたいと思ったからだそうです 。あとがきにはそのように書いてありました。
縄文時代から現代に至るまで歴史を通観した本はたくさんあるし、性の風俗について記された本もそれなりに出版されている。しかし「性の通史」となると、ありそうで見当たらないということからだったようです。
古文の引用が多いので予想外にめんどくい本でした。サクサクと読めるかと思ったらそうでもなかった。意外に真面目で内容の濃い作品でした。よくここまでピソードを集めたと思います。
僧侶と美少年の夜
僧侶と稚児の関係について『エロティック日本史』では、詳しく紹介されていました。
平安中期に天台宗に「弘児聖教秘伝」というものが記されて、これは高僧が得度したばかりの少年僧を稚児として愛する「稚児灌頂」という儀式の一つとのこと。なるほど。フムフム。
そんな世界が繰り広げられていたとは奥が深い。もしかすると、これなら鬼にもなれるかもしれないなと思いました。
これを読んで『雨月物語』の「青頭巾」を思い出したのです。時間に余裕のある方は「青頭巾」をぜひお読みください。こんなサイトを見つけました。大変分かりやすい現代語訳です。短編ですから、ぜひ。
『雨月物語』は江戸時代に上田秋成によって書かれた怪奇小説です。「青頭巾」は稚児との愛欲におぼれて鬼と化した僧の話です。鬼になるほど愛欲におぼれるというわけですから、こわいですよ~。
http://home.att.ne.jp/red/sronin/_koten/0505aozukin.htm
またお坊さんは美声の持ち主も多かったようです。女性はその声につられて信仰に入っていく。五木寛之の『親鸞』にもそんな話が出てきます。今でいう、アイドル?興味が尽きない世界です。
お坊さんというと禁欲的で清らかなイメージですが、どうも違うようです。人間を突き詰めていく過程で、性の世界を見ないフリで通りすぎることはできないのです。むしろ突き詰めると、そこに行ってしまうのかもしれません。
空海なども性の世界を追及していたということです。そんな話は以前にも聞いたことはありました。
日本人のイメージ
現在わたしたちが持つ日本人のイメージは、明治あたりに作られたものではないでしょうか。明治になって日本人は儒教によって勤勉で道徳的で禁欲的な生き方を強いられた。富国強兵のために。それが日本人のイメージとなっているのかもしれませんね。
しかし日本民族の本質はもっと自由で奔放だったのです。その時代なりの楽しみを謳歌していたに違いありません。本能の赴くまま(笑) 先祖たちが苦労の中にだけに生きていたわけではないと思うと、わたしは心が少し楽になります。
物事をいろんな視点から見られるようになる。これが読書の醍醐味かもしれません。日本史や古典が好きな人にはおススメな一冊だと思います。
人生は〇ニ〇と〇ギ〇の離合集散のドラマだと筆者は考えている。とすればそのドラマを見据えることが歴史と正面から向き合うことになるはずだと、少なくともそういう本があってもいいだろうというのが、本書に託した筆者の思いである。
※〇の中にははちゃんと文字が入っています。さすがに書けなかった(笑) しかし、離合集散とは実に見事な言い回し!と思ったので載せることにしました。面白い本でした!
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