ネットとの付き合いは、ほどほどにしとこうっと。

もはやパソコンは必需品。なくてはならない存在です。

そして、手を伸ばせば、すぐそばにはスマホ。スマホは24時間、その気になれば、いつだって、わたしのヒマを潰してくれる存在です。

寝床のそばにスマホを置いています。つい最近、夜中に目を覚まして眠れなくなった時に、ついついスマホに手を伸ばし、ネットを開いてしまって、「こりゃ、マズいぞ」と思いました。

なんでマズいのか。よく分からないけど、そう思いました(笑)

ネットを開くと、飛び込んでくるあの世界、この世界。「くっだらないなあ〜」と思いながら、ついつい。見てしまいます。やじうま根性丸出しです。

 

心の漏電

現代の多くの人はインターネットやSNSにエネルギーを消費してしまい、それ以外に向けられる精神エネルギーが相対的に少なくなってしまっている。

私はそれを「心の漏電状態」と表現しています。インターネットやSNSにつながっていることで、気づかないうちに少しずつエネルギーが漏れている状態です。

(引用:『ネット断ち』青春新書 齋藤孝)

「心の漏電」とは、うまい表現です。

確かに、心の内側に何かをためるためには、どこかとつながっていてはなかなか満ちてきません。

人付き合いそのものだって、そういう面があります。人と会う機会が続くと、わたしなどは心がどこかフワフワしてしまいます。

ましてや、一人になっていても、空間で誰かと繋がり続けていたら、それは心が消耗するに決まっています。

わたしは現在、SNSなどはやっていません。

かつて、ミクシィとかフェイスブックとか、出始めた頃に興味本位でかじったことがありますが、わたしには向いていませんでした。

社交的でないのはネット上でも同じかもしれません。引きこもり体質はネット上でも同じかも(笑)

 

ネットの世界は玉石混交

インターネットで検索するのはわたし。わたしは偉い。だから情報も自分の意思で選択しているように思いがちですが、ある時「ん?」と思いました。

ある単語を検索すると、そのあと、それに関する情報が優先的に流されているのです。

自分が選んでいるように思っているだけで、実はある方向に誘導されてるいるのです。

この事実に気づいた10年ほど前のこと。

旅行の計画を立てて、いろいろ調べていたら、それに関連する広告が、ことあるごとに表示されるようになりました。そして現在ではネットからわたしの嗜好がかき集められて、表示されるようになっています。

仕組みを知らなかった頃のわたしは、

「すごい!テレパシーが通じてる」と思ったもんです。本気で思ってました。笑えます。

テレビの害も言われて久しいですが、まだテレビの方がより多くの人々に向けられているという点で、ネットよりはまだ少し信頼できるのかもしれません。

それでも、瞬間垂れ流しの情報ですから、怪しいなあと疑いながら、見ています。

こんな社会では、情報を遮断するほうが難しいのです。

となると、どこまで情報を信用するのか。自分の中で情報を整理し精査する能力が必要になります。

インターネットの世界が悪いわけじゃない。現実社会と同じで玉石混交。

光る玉もあれば、だたの石ころもある。

光る玉を探せばいい。

そのためには知性が必要なんです。

「ネットの利用をセーブして、本を読んで、自分の頭で考えろ」

これが『ネット断ち』という本を通じて齋藤さんが言いたいことのようです。

ま、言い尽くされてきたことですが(笑)

 


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。