新幹線の中でコーヒーが飲めなくなった話。母の言葉は呪文のよう。

新幹線でコーヒーを飲むことが楽しみだった、わたし。

数年前のことですが、一時的ではありますが、飲むことができなくなってしまいました。

それは母のひと言から始まったのです。

他人から見たら、実につまらないエピソードですが、ここにはわたしと母の関係性が見え隠れしているのです。

 

新幹線の中でコーヒーを飲んではいけない

5年ほど前のこと。

東北新幹線に乗って仙台からやってきた、わたしの両親。

久しぶりの再会でした。会うなり母が言いました。眉間にしわを寄せながら。

「車内でコーヒーを飲んで、具合が悪くなってしまった。気持ち悪くて、気持ち悪くて。新幹線の中でコーヒーなんか飲むもんじゃないわね。あなたも絶対にやめたほうがいいわよ

これが友だちの発言だったら、たぶん何でもなかったのかもしれません。

この発言が母からだったことで、わたしにある影響を及ぼしてしまったのです。

なぜか強烈にインプットされてしまったのです。

新幹線の中でコーヒーを飲んだら、絶対に気分が悪くなる。

まさに呪文ですね。

それからしばらくして新幹線に乗ったわたしは、車内でコーヒーを買おうとしたら、この母の言葉が頭の中でリフレイン。

買うことができなかったのです。

気分が悪くなったら困る。いや、気分が悪くなるに違いない。

ああ・・・イヤだ。思い出すだけでもイヤになります。

いい年した娘が、なぜか母の言葉には弱い。というか、影響されてしまう。それがイヤ。

母の言葉は呪文だったんですよ。と、ここはもう過去形ですが。

 

母親の思い込みは伝染する

わたしは子どものころから、このような「〇〇するな」ということを、しばしば言われながら育てられました。

禁止が多かったんです。

「〇〇すると、いいよ」はあんまりなかったです。禁止ばかり。

 

こんなことをすると、こんな目に遭うゾ。だからやめときなさい。

 

こういうことが実に多かったのです。

それは母の愛情だったのかもしれませんが、その言葉はわたしを縛ることとなり、時に行動範囲を狭くする要因ともなっていました。

わたしは超マイナス志向の母に育てられ、不安を持ちやすいタイプに育ってしまったのです。

こんなことを実感するようになったのは、かなり大人になってから。でもできるだけ消し去るように努めてきたつもりです。

しかし長い付き合いで受けた影響はあまりに大きく、なかなか消えない呪文もあったのです。

50歳を過ぎて、わたしは母との関係を冷静に客観的に検証できるようになりました。

生きづらさの元は何だったのかと思いめぐらせた時、母の価値観が影響していることが浮き彫りになりました。

消すに消せないわたしの奥に住みついている、変な価値観。

そのことに気づいてから、わたしの中に残っていた母からもらった要らぬ価値観を、1つずつ捨てることにしたのです。

そして母親の価値観からは、ほぼ解放されたと思っていました。

\(^o^)/ 卒業だ!

ところがこの一件で、わたしがまだ母親からの支配(といえば大げさだけど)されていることを思い知ったのです。

ああ・・・アホな・・・。ああ・・・イヤだ・・・。

 

怖さの伝達は母親から

生まれた子どもは何も知りません。もちろん親も選べません。

怖さというものを教えていく一番身近な人間は、たぶん母親。

♪あれは怖いのよ。これも怖いのよ。それも怖いのよ。世の中みんな怖いのよ~。

怖さをたくさん教え込む母親と、そうでない母親。子どもが持つ怖さの数は違ってきます。

たとえば、虫が嫌いな母親が虫を見つけるたびに「キャー!」と騒いでいたら、子どもに虫は怖い存在とインプットされてしまうのは当然。

小さな事の積み重ねですが、怖いものが大ければ多いほど、生きづらい気がします。

知らぬうちに大きな影響を受けていたことに驚きます。

 

娘、新幹線でコーヒーを飲めるようになる

その後わたしは、数年間、新幹線の中でコーヒーを飲むことができませんでした。

飲もうとするたびに母親のあの顔と言葉がよみがえる。

新幹線の中でコーヒーを飲んだら、絶対に気分が悪くなる。

本当に、笑われそうです。恥ずかしいです。でも本当の話なのです。

今、何回かのチャレンジ(これまた大げさな!)を経て、やっと以前のように楽しむことができるようになりました。

東海道新幹線の中でコーヒーを飲みながら、ふと、コーヒーが飲めなくなった時のことを思い出したのです。

最近の母は、わたしと関わりを持とうとしなくなりました。全然ボケてなどいません。頭はクリアで、相変わらず見栄っ張り大全開で生きています。

もうわたしにはあまり会いたくないみたいです。それは、わたしが母の支配から完全に抜けてしまったからなのだろうと思います。

自分の思い通りにならない娘は、たぶんもう娘ではないのです。

わたしは、親として、祖母として、次の世代に要らぬ怖さの伝達をしないようにしようと、強く思っています。

もちろん事故の怖さを知る大人が、事故に遭わないように子どもたちに、避け方を教えることは大事です。

でも、たとえばコーヒーを飲んで気分が悪くなったら、その時考えればいいのです。飲む前から考えることではないのですよね。ヽ(^。^)ノ


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。