30年前の家族旅行のDVDを見ながら、結婚について、考えてみた

ただいま、絶賛片付け中!

片付けついでに、たまにはDVDにも風を通さないと思い、夫が残してくれた動画を見ました。

図書館の風通しのようなもの。

それを眺めながら、ふと思いました。

自分にとって、結婚って何だったんだろうなあと。

わずか12年間の結婚生活。

いまとなっては、遠い過去になってしまったけれど。

 

妻であったころ

夫が残してくれたVHSテープ。

動くわたしたちの貴重な番組です。いちいちタイトルついてます。編集もしてあります。BGMが乗ってるのもあります。

そんなビデオテープは、数年前にDVD化しました。アルバム整理のついでの作業でした。

借りてきた機械は60分を移すのには60分かかるという仕組み。なので、けっこう時間はかかりました。

30本ほどのS-VHSのビデオテープは、コンパクトなDVDに。

時間はかかったけど、お金は0円( ̄^ ̄)ゞ

めんどくさいと思いながらの作業も、還暦前にやって、よかったことのひとつです。

さて、レトロな動画に映されていたわたしは、まぎれもなく、妻であり母の顔をしていました。

こんな時代もあったねえ。

12年の間に、たぶん一般的には30年かけて経験することが、凝縮されて降りかかった感じ。

そして、あんなこと、こんなこと、いろいろありました。

夫婦という形から身を引いて30年近くになりますが、結婚って、夫婦って、何だろうと、時々考えることがあります。

自分がどうのこうのというよりは、システムとしての結婚に興味がある。

夫婦の形は家族の形を作っていきます。

夫婦の形は、時代のありかたに大きく影響され、翻弄されるもの。

家族の形も、時代や、地域によって、どんどん変化するもの。

これが正しいなんて、結婚の形は、果たしてあるのか?

 

血縁を作る

結婚とは、なかなかすごいシステムです。

まったく繋がりのなかったところに、血縁という新しい縁を作っていくのですから。

そして、なぜか、人は子どもを持った途端に、血縁にこだわり始めるのです。

他人から始まる血縁は、兄弟という他人の始まりを作り、三代も進めば、ほとんど他人。

つまり、いまの血縁なんて、一時の縁でしかないのに、です。

違う価値観で育てられた人が、新たな血縁を作ると、その家にしか通じないような常識も作られていきます。

そして、こんなことが起きる。

我が家の常識、他家の非常識

 

関白亭主は死語

夢に描いていた世界とは違う世界が展開されていった結婚生活。

いまになって考えてみると、夫のこと、どれだけ知っていたのかなあと思います。

夫はいまでこそ、”いい人”に認定されているけれど、それは時間の経過とともに、都合の悪いことが濾過されただけ。

生きていたら、この年齢まで暮らしを共にしていたかどうか、自信はありません。

結婚したころには「関白亭主」という言葉も残っていました。

夫は社会で働く。妻は家を守る。それで我が家はうまく回っていました。

当時は残業なんて当たり前の青天井(100時間なんてことも!)。夫は2人分お金を稼いでくれました。

だから、わたしは2人の子どもの出産も1人でこなすことを、当然のことと納得していました。

わたしにとっての結婚は、生活互助会。

自分が生きて暮らしていくためのもの。たまたま好きな人と営めるという選択ができたというだけのこと。

あれから40年。時代は変わりました。

二度の出産時に仕事をしていた夫は、いまなら非道の父親として認定されそうです(笑)

「わたしたちのときには・・・」なんてことは、ほとんど通用しません。

平安時代の夫婦像を持ち出しても、何の参考にもならないのと同じ。

積んできた経験も、それほど役には立ちません。

それにしても、時代の流れに合わせて生きていかなくちゃいけないのは、なんとも難儀なことではあります。

 

50歳で婚姻解除

40歳を少し過ぎた頃でしたが、学生時代の男友達が面白いことを力説していたことを思い出します。

「50歳で、婚姻関係は解除してほしい!」

その時点で、パートナーの選び直しをしたいとのことでした。

わたしの返答はこんなことだったと思います。

  • 個人的に解除すればいいじゃん
  • 制度にされても迷惑だわ
  • もちろん、絶対にあんたを選ばないけど(心の声)

一緒に暮らしていても、実は日々の経験は違うので、成長の度合いにも価値観にも差が出てくるのは、当然のこと。そして、それが、2人の溝を広げてしまう。

そう考えれば、”50歳で結婚解除”という制度も悪くはない。

その時点で価値観の合う人を選べばいいから。

同じ人と契約更新を望むなら、相手に合わせる努力をもっとするかもしれません。

いまなら、わたしは、どんな人をパートナーに選ぶだろう。

〜自分に問い合わせ中〜

やっぱり、好みって、そんなに変わっていないかも(笑)

それほど成長しているわけでもないな、きっと。

 

つまり、結婚ってなに?

ひとりでは生きられなかったから、人は結びつこうとしました。

そして、子孫繁栄に守るために、婚姻制度が作られたのでしょうが、この観点からも、時代は転換点を迎えているように見えます。

多くの人が、ひとりでいることを好む傾向に見えるし、それはすでに進化のレベルに達している気もするからです。

結婚という形に縛られずに、子孫を育て、社会を維持できるシステムに移行していくことがあるかもしれません。

それは案外、近い将来のような気もします。

子孫を残そうとするがゆえの生物学的なワナから解放されたとき、もっと自由に愛を語り合うことができるかもしれません。

“愛”なんてものが、あるとすればだけど。

どんな時代になるかは、誰にもコントロールできないこと。個人の思惑で動くほど、簡単な仕組みではなく、多くの人の思惑が混ざり合って、時代は進んでいきます。

生物としての思惑、社会としての思惑、そんなものがぐちゃぐちゃに入り混じって、夫婦の形を作っていく。それが社会のベースになる。

面白そうだなあ。

100年後を見てみたい!


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ABOUTこの記事をかいた人

1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。