1人おでん屋開業。そして夫があの世から一時帰宅?

今年に入って2度目のおでん屋を開業しました。

なんか、ハマってます。

要するに、新しく買った鍋が使いたいだけ。

使わにゃ、そんそん。わっしょい、わっしょい。

おでんの具を几帳面に並べる楽しさよ。これがおでん屋のおでん屋たるゆえん。

でもね。意外と手間をかけているのでございます。

まず大根を切る、皮むく、茹でる。そして薄いだしの中で1日煮込む。翌日から少しずつ具を足していく。

おでん屋に弟子入りしたことはないので、正式かつ効率的な作り方は分かりません。思いつくまま、なんとなくこんな手順にしているだけですが。

大根は1本丸ごと使いました。

1本とはいえ、わたしの足のように細いものしかなかったので、残念!

前回はえらく太くて、むき甲斐があったのにぃ。太い大根、プリーズ〜こいこい。

日毎に具材を増やしていくのがものすごく楽しいのです。

今回も鶏おでん。鳥手羽を4本入れました。手羽は入れすぎると鳥手羽の煮物となってしまうので、あくまで控えめに。だし担当よ。

あれ?手羽が2本しかないね。

すでに、嫁いでいきました(笑)

誰かさんのお腹の中に収まっているかしら。そもそもこのおでんは誰かさんのリクエストによって作ったものでした。

昨日には量も減ったので、鍋を縮小してストーブの上。

3日かけて作ったおでんは、3日ほど楽しめる仕組みになっております。

昨日のお昼ご飯。玄米ご飯(炊いて2日目)と漬物たちとともに。

相当、うまいです。自画自賛おでんでございます。特に今回は秩父産のこんにゃくがうまかった!

おでんはおいしいというより、うまい!と言いたくなります(笑)

このように大変に手間がかかりますので、おでんは3日前までにご予約をいただくことになっております。

仙台の三吉のおでんが懐かしいなあ。

味というより、あのころが懐かしいってことかな。ワイワイ楽しんだおでんのころ。

だしについては、企業秘密。とてもじゃないけど、手間がかかっているので公表できません。

手間をかけたのは、千代の一番さんとか、茅乃舎さんという噂だけどね(笑)

 

おでん返し

おでん返しに、こんなおいしいもの、いただきました。

秋田銘菓、アンドーナツ。

秋田時代には食べたことがなかったんだけどね。秋田という名前がついているだけで懐かしいのよ。

秋田の雪景色を思いつつ、いただきます。

小さくカットして、罪の意識を小さくしながら、いただきます。

このアンドーナツ、我が家から少し離れたスーパーに、時々登場してきます。

たまたま出かけたマジちゃんが、たまたま遭遇して、買ってきてくれました。

秋田は、本当に懐かしい。

この時期はきりたんぽだよね。

たまには作ってみようかな。実はきりたんぽは本格的な作り方を学んでいるので、味には自信がある( ̄^ ̄)ゞ

しかし、きりたんぽというものは、雲がたれ込めてしばれる空気の中で食べないと、絶対にうまくない。

そんでもって、おいしいしゃりしゃりしたせりの根っこが手に入らないことには、やはり作れない。

やっぱり、来年の冬には、秋田まで食べに行こう!

 

秋田の冬

さて、秋田といえば思い出すのは、やはりこの方。お久しぶりね。

すでにこの世の人ではないけれど、一応プライバシーは微妙に保護しとこう。あの世から文句言われると嫌だから。

「いまは、もっといい男である」

とか、言われそうだからね。

この時、夫は28歳。わたしは26歳で、息子は1歳になったばかり。

このころは「えびでんすはなんだ!」とか言わない、かわいい子でした。

夏には2人目が生まれることが確定した冬。

どんな将来を思い描いていたんだろう。

きっと、バラ色の未来を思っていたに違いありません。

夫は仕事が認められつつあり、勤めていた企業では5年に1人の逸材とか出世頭と言われ、大きな仕事が回ってき始めていました。ついつい2人でいい気になっていました(笑)

そして、あんな名言を放ったのは、まさにこの顔でした。

魔法の言葉は「人類で初めてじゃないだろう!」

2018年6月14日

まさか、35年後に、この文言を本に書かれるとは思ってもいなかったでしょう。

夫はどこまでも自分が船頭となり、船を漕いでいくつもりだったに違いないです。

たぶん味わった敗北感は半端なかったはず。喪失感より敗北感のほうが強かったように思います。

描いた未来なんて、幻想でしかない。

そんなことを、この冬景色から10年も経たずに思い知らされました。

思い描く未来。だけど、それは不確定なもの。誰も保証してはくれません。

自分がこうしたいと思う願望ならいつでも修正が効きますが、思い込んだ未来は修正が効きません。

こうでなければ幸せになれないという法則はないのに。

夫の死で、わたしたち家族は、いろんなものを失ったと思っていました。

でも、それも勘違い。

実は最初から、何も持っていなかったのです。持ったつもりになっていただけ。

それはあくまで頭の中での出来事だったというだけです。

「こんな状態だから幸せ」ということはないと思っています。

幸せってもんは、風のようにサラサラっと吹いてきて、スーッと消えていく。

ある状態を指す言葉ではなくて、感じるもの。

わたしはそんなふうに思っています。


にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへブログ村の「ライフスタイルブログ」のランキングに参加中です。いつも応援クリックありがとうございます♪


りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

「老後のお金」など、ブログではあまり触れていない話題にもかなり踏み込んで書いているので、お手にとって頂ければ幸いです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク


4 件のコメント

  • あぁ今回もかなり響きました。
    人類初発言は、こんなにお若い頃にされていたんですね。奥様のおかげで、私のような未亡人の支えになるとは、お二人にあらためて感謝いたします。
    思い描いた未来なんて不確かなものですよね。
    なんで、わからなかったんだろ〜。一日だって思い描いたようにすすまないのに(笑)亡き母がよく言っていました「なるようにしかならない」これも今となっては深いセリフ。
    ご主人様が抱いている写真のご長男さまがたっくんに見えちゃうんですけど、気のせいかしら〜

    • まめぴよさん

      こんばんは
      いま思うと、若かったですねえ。
      若いくせに、なんとも傲慢な人で(笑)

      もう、あてのない未来を思い描かないことにしています。
      いま、やれることだけをやって、あとは流れていく。
      なるようにしかならないさ〜。
      深い言葉ですね。

      たっくん、おじさんに似てるんです(笑)
      特に写真に撮ると似て見えます。
      遺伝子は摩訶不思議です。

  • 書籍購入しました。宮城出身ということで同郷であり、未亡人の先輩であることに何故か惹かれました。子供三人の内娘二人は嫁ぎ、長女は埼玉、次女は3年前に旦那の転勤で地元宮城に戻って来ました。なんと旦那の実家が秋田。宮城、秋田、埼玉の共通ワードにもご縁を感じております。現在息子と二人暮しですが、月に数回の夜勤の時は一人暮しを満喫している4月で62才になる私です。

    • 末子さん

      こんばんは
      コメント、ありがとうございます。

      宮城の血、ドクドク流れてます。
      青葉城恋歌、スラスラ歌えます。
      宮城、埼玉、秋田。
      わたしを育ててくれた土地です。

      どうぞ、これからもご贔屓にヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    CAPTCHA


    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。