50歳で夫を亡くした叔母のこと。

52歳の未亡人さんからコメントをいただいて、わたしはふと叔母のことを思い出しました。

わたしが夫を亡くして7〜8年ほどたった頃のこと。がんを患っていた叔父もまた7年ほどの闘病期間を経て、55歳でこの世を去りました。

叔父はわたしと同じ酉年生まれで一まわり上。そんな叔父の伴侶である叔母は叔父より5歳年下でした。つまり叔母とわたしの年齢差は7歳。

当時、叔父の娘は大学3年生。息子の大ちゃんは大学受験を控えていました。叔父の病室で最後の追い込みの勉強をしていた大ちゃん。意識がまだらな父親の様子を時々確認しながら、ベッドの横の小さなテーブルで参考書を広げていました。

まだまだ寒い東北地方の3月の初め。大ちゃんは第一志望の国立大学に合格。叔父は息子の大学合格を確認してこの世を卒業していきました。

叔母はクリスチャンでした。その影響で叔父は亡くなる直前に洗礼を受けてクリスチャンとなりました。みんなで賛美歌で叔父を送りました。

叔母は「神様のもとに帰った」と夫の死を肯定的に受け入れようとしていました。しかし半年くらいを過ぎて、やはり寂しさが込み上げてきたようです。信仰があってもそんなに簡単に割り切れるものではなかったようです。

すでに娘も息子も大学生。自分の人生に夢中な時期に突入していました。もう親の手を借りずとも暮らしていける年頃になっていました。

それゆえ、叔母は自分の拠り所みたいなものもなく、ものすごく寂しくなってしまったのです。

寂しくなった叔母は、夜になると頻繁にわたしに電話をかけてくるようになりました。

実はわたしは叔母とそれほど親しいわけでもなく。と、いうか、わたしは親戚付き合いもうまくはないので、誰とも親しくはないのですが(笑)

「夜になると、落ち込んでしまうの」

「わかってもらえそうなのは、あなただけ」

夜な夜な、いろんな話をしたことを思い出します。

夫を失ったという境遇は同じでも、わたしは叔母の寂しさをわかっていたわけではないです。ただ話を聞いていただけ。

なぜなら当時まだわたしはまだまだ1人になる想定ができてはいなかったからです。夫はいないけれど、同居家族がいなくなるかもという、その寂しさを理解できるはずはありません。

叔母と話をしながら、いつかわたしの手元からも息子たちが旅立っていくのだということを頭に置くようになりました。その日は近いと思うようになりました。

わたしは夫を失っても、息子たちを育てねばならないということで、悲しみから気をそらすことができていたのでしょう。

子育てのどさくさに紛れて、いつしか時間が立ち、死別の悲しみからも離れていったような気がします。

50代で子離れと夫との別れが重なることは、30代で夫を失うより、確率的には高いはず。わたしの周りにも叔母以外にも何人かいますから。精神的にはかなりきついことだろうと想像します。

人生のどの時点かでは伴侶を失うのです。伴侶を失わずにすむためには、自分が先に逝くしかない。二分の一の確率です。

そして、その時々の環境に応じて、それぞれに困難や寂しさがやってきます。

それはどんな年齢であろうと、自分で納得しながら超えていくしかないのです。環境も寂しさも受け入れていくしかないのです。

そんなことを叔母から教えられた気がします。

自分の寂しさを子どもたちで紛らわそうとはしなかった叔母。姪っ子にグチを吐くことくらいはしましたが、きっぱりさっぱり子どもたちを手放しました。

娘も息子も公務員となりました。そして父親の死から5年後には、早々と結婚してそれぞれに家庭を持っていました。

あれから20年。叔母は現在70歳。

ひとり暮らしを続けながら、5人の孫に恵まれて、元気に暮らしていると、風の噂に聞いています。

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9 件のコメント

  • りっつんさん おはようございます
    私の周りのシングルマザーは皆、離別死別に
    かかわらず、例外なく子供に依存しています。
    ずっと結婚せずに、自分のそばにいて
    ほしいみたいです。
    お母さんが亡くなったら、子供が
    ひとりぼっちになるよと言っても、知らん顔
    です。
    そういう自己中な人は、やっぱり長くは
    お付き合いできない人ですね。

    叔母さんは偉かったですね。
    叔母さんの電話に付き合ってあげた、
    りっつんさんも偉かったです。

    • 相棒さん

      こんばんは。
      子供から卒業できないと、つまんないですよ。
      人生の時間がもったいないわ〜。
      もっと楽しいこと、あるのにね。
      子離れができないって、ずっと留年してるみたいなものかも。
      どこかでは必ず卒業せざるを得ないですよね。
      どういう形であれ。

      わたしのまわりには子離れできていない人は・・・
      あれれ。ひとりもいないです。
      話が合わなくて、いつの間にか付き合わなくなったのかな。

  • 叔母さまは私の境遇と似ているかも?
    主人は57歳の12月に逝きました。5歳差の私は52歳。長女は大学4年で院に進学が決まっており、卒論の仕上げを病室の傍らでやっておりました。次女は大学2年生。末っ子長男はセンター試験を1っか月後に控えた身。
    主人は小さな会社を経営しておりましたので、私はほとんど会社でやりくりをし、夜病院へ、という暮らしでした。
    亡くなる1週間ほど前、一人ずつ病室へ行き、主人と最後の会話をしたそうです。

    長男は第1志望に合格し、しかも主人が卒業した大学でしたので、主人も空の上でさぞ喜んだことでしょう。3月に東京に送り出し、入学式も無事に済んだ頃、お葬式いらい泣くことがなかった私が、突然涙がこぼれて来ることがたびたび。「もしかしたら、こうして未亡人はうつ病になっていくのか?」と心配になり、近くの小学校の音楽の先生になったのです。

    以来、新しい世界が広がり、子離れもうまくでき、13年間楽しく過ごしています。

    • かよさん

      おはようございます。
      叔母の境遇と似てます!
      上の娘は翌年、大学院に進学しました。
      叔父の闘病生活が長かったので、
      子供たちは親に頼ることをせず、
      知らずしらずに自立していたようです。

      充実した13年間でしたね。
      なかなかそこまでできる人はいないですよ。
      すごいです!
      音楽の力もあったのでしょうね。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • はなです!

    未亡人4年目のはなは、今だに夕方になると帰って来るような気がしています。
    今日も帰ってこんのかい!と、ふてくされる時もあったりします(笑)
    わかっているけどね~冬の夜は淋しいですね~

    わが家は18歳になったら独立するように(高校までしか家にはおかないよ)を子供の頃から刷り込んでいたので
    みんな卒業と同時に家を出ました。44歳と49歳で二人暮らしが始まりましたそれから12年近くは
    新婚のやり直しのようで楽しかったです。そして56歳で独り暮らし。
    子供はいても、あんまり早く手が離れてしまったので、子離れの自覚がありませんでした。
    そう言えば子育てしたよね~ぐらいのものです。
    こんな親ですからね(笑)娘も孫にさっさと独立してと言っています。

    いつまでも子供を傍に置いている友達を見て可哀そうだな~
    いつまで、お弁当作って、パンツ洗ってあげるんだろう~70までには解放されますように
    なんて言うと、怒られます(笑)旅行もいけないじゃん!(笑)

    • はなさん

      おはようございます。

      はなさんの子離れ、理想的です!
      自然に当然のこととして離れていく。
      子離れの自覚さえないなんて、ほんと理想的。
      自分をしっかり持っていないと、できないことですよね。
      そしてそれは娘さんにも継がれている。
      やはり親の生き方は繋がっていくものなんですね。

      そして、その後の新婚生活のやり直しは、羨ましすぎる。
      わたしも、やってみたかったわ。
      とことん戦ってみたかった(笑)

  • 自分で納得して超えていくしかない。
    まさにそうですね。
    つらかったけど、少しづつでも超えた時には自分の足で生きていける自信がつきましたもの。
    息子は、あと半年。娘は2年半。指折り数えて子離れの準備をしています。未亡人には子離れは死活問題ですものね。
    今日、3人で、亡くなった主人の机の引き出しを整理してみました。何のためににコレをとっておいたのか?みたいなモノだらけでした。とにかく多趣味で我が家はまだまだ遺品だらけです。あー、早くスッキリしたい!

    • まめぴよさん

      おはようございます。
      そうです。
      わたしも1つずつ超えてきました。
      そして、自信がついていくんですよね。
      最初から自信のある人なんて、いないです。
      自力で歩いているうちに、
      なんとなく大丈夫な気分になってくるんですよね。

      うちの夫は小学校のときの修学旅行のしおりまで保存してましたよ。

      遺品整理が終わるころ、きっと何か始まりますよ。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • くんちさん

    コメント、ありがとうございます。
    非公開希望とのこと、承りました。

    困難がどどんと押し寄せているようですね。
    だけど、必ず流れていきますから。
    必ずあるところで収まるものです。

    我が家の場合は、義父がすでに他界していたので、
    義母と義妹家族との関係が残りました。
    全くの交流なく10年ほど過ごしました。
    あちらがわたしたちと交流することを拒んでいたから。
    そこには色々な理由があります。
    義母からすれば、息子の命を縮めたのは、
    妻であるわたしのせいだと思いたかったのでしょう。
    それも、いまならわかる気がします。

    いまは、ある程度関係が修復されています。
    お互いに、それぞれの気持ちを推し量れる余裕ができたからでしょう。

    時間がたつことで、見えること、わかることがあります。
    時間が解決してくれることは、案外たくさんあります。

    その時々、目の前の問題に真摯に向き合えば、
    きっといい方向に進んでいきますよ。

    病を患う義母さん。息子さんを失って、ご自身も病で、
    きっと、どうしていいのかわからないのかも。

    まずは息子さんを大きくすることを第一に。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。