愛する猫さん。御年17歳です。
昨年に続き、彼女は、またまた生死の境をさまよいました。そしてよみがえった今、眼光鋭い猫になっております。
2016年6月 大けが
昨年の今ごろ、まさに同時期です。6月の半ばに何かあるのか?
昨年は、大けがをしてきました。ものすごい傷。ケンカによる負傷です。
でも、わたしは医者には連れていきませんでした。
マヌカハニーというハチミツを傷に塗って全快しました。
この子の力で、生きられるだけ生きてもらおうと、数年前から覚悟を決めています。
病院に連れていくだけで相当なストレスを感じるようなので、12歳を過ぎたころからは猫ワクチンの予防注射もやめました。
ワクチンの注射で高熱を出してから、獣医さんに連れて行くことをやめることにしたのです。
外に出ると言っても家の周りだけなので、感染症の危険とワクチンの副作用を考えたら、もう打たなくてもいいかなと思いました。
「猫」はあくまでも「猫」。わたしの中での線引きをしました。
「猫」は「猫」らしく、生きられるだけ、生きればいい。
この子は6歳の時に「腎臓病」と診断されました。普通の猫の3分の1しか腎臓が働いていないと言われました。
しばらく通院しましたが、まったく薬を飲もうとしない。仕方ないので、薬はあきらめ、処方食のみで過ごすことにしました。
その時点で、「長生きは無理だと思う」と獣医さんから告知されました。処方食は、10年に及びました。
あれ?いつの間にか長生き猫の部類に入っているじゃん。
しかし昨年あたりから、その処方食を食べなくなりました。近所で普通に売ってる高齢猫用のエサに替えました。喜んで食べてます。飼い主もエサ代が安くなり喜んでいます。
もう好きな物を食べればいいと思ってます。
2017年6月 血を吐く
なぜか、わたしの前から姿を隠す。これが始まると、ろくなことはない。調子が悪いのです。観察していると、冷たい所でおなかを冷やしている。
隠れているつもりの猫さんです。
ん?
と、思っていたら、吐き出した。10回くらい吐いたでしょうか。そしてぐったり。
ご飯はまったく食べなくなりました。動きも鈍くなってきて、翌朝には血を吐きました。血を吐いたのたぶん初めてです。
これはいよいよかと覚悟しました。もって1週間くらいかなと思いました。
しかし、今回は本当に困ったことになりました。
わたしが関西支店に行く日が迫っていたからです。わたしの留守の間、いつも世話を頼んでいるお隣さん。アメリカに行った時にも45日も引き受けてくださいました。いつもわたしにも猫にもよくしてくださいます。
家のカギを預けて、朝と晩と家に入ってもらって世話をしてもらうことになっていました。いつものことで、猫も実は誰が飼い主なのか、わかってないかもしれませんね(笑)
しかし、いくら何でも死ぬかもしれない猫を頼むわけにはいなかない。
今回の関西支店出張のいきさつを知っているお隣さんは、こう言ってくださいました。
「わたしにできることは、この子の世話。大丈夫。もしもの時にはちゃんと対処するから、あなたは行きなさい!」
わたしは猫に最後の挨拶をして出かけました。もう会えるとは思いませんでした。しかし、それもすべて流れの中。そう納得するだけです。
食べない。だけど、水は飲む。
パトロールには出かけてる。動きはすごく鈍い。
胸が痛みます。
実はわたしは悲しみでは涙の出ない女です。
泣きません。というか、泣けません。いつの頃からか、悲しみでは、泣いた記憶がありません。
わたしは冷たい女。氷のような女。←こういうことを語っている時、自分の中では、えらくスタイルのいい洋風なかっこいい女に変身しています。(笑)
と、言ったら、息子が「泣いたのを見たことがある」と言いました。
怒りに震えて泣いたことが何度かあるらしい。
アホな息子たちへの怒りで泣いたらしい。悔しくて泣いた。
それなら覚えがあるような気がします。母を泣かせるんじゃねえ!
まあ、そんなわたしの涙事情など、どうでもいいことです。
「静かに逝けよ」と心の中で、猫の心の平安を祈りました。
しかし、ここで終わらないのが、この猫のすごいところ。
食べた!
マグロの刺身をたたいて食べさせたら、1切れ分、ペロリと食べた。
(@ ̄□ ̄@;) はあ?
電話の向こうのお隣さんは我が子のように喜んでくれていました。
その声を聞いたわたしは驚き、うれしくて、うれしくて。もう一度会えるかもしれない。顔を見られるかもしれない。
結局、1週間食べなかったようです。
そしてここから、この子の回復の快進撃が始まりました。
次の日は、サーモン。その次の日はカツオ。
隣のご主人は「今日も刺身かい」と笑っていたそうです。毎日、生のお刺身三昧。日ごとに回復していったそうです。
お隣さんの看護力に頭が下がります。毎日、刺身をたたいて食べさせてくれたのです。なんとお礼を言ったらいいのか、本当に言葉がありません。
そうして、わたしが帰宅した時には、元気リンリンな猫に戻っていました。
なんという生命力。この子は何歳まで生きるのでしょう。もしかしたら、わたしの人生の謎を解き明かしてくれるのかもしれないですね。
帰宅後、何事もなかったように、わたしと猫の暮らしが続いています。寝る時のベッドの上での場所取り合戦も以前のまま。
猫を手本として、わたしもできるだけ自分の力で生きられるところまで、生きます。
※わたしは医療を否定する者ではありません。自分で取捨選択し決断しながら、ちゃっかり医療の恩恵に預かりたいと思っている者です。ヽ(^。^)ノ
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こんばんわ。猫家主さまお元気になられてよかったですね。しかし、猫家主もさることながら
御隣の住人さまもすごいですね。お隣の方が良い人が一番ですね。
高熱が続き、もう立てなくなり救急車で総合病院に搬送されたのが火曜日の事です。
「腎臓がん」の疑いとかで検査検査でした。延命措置はせずに痛みだけをとめる治療にして
もらおうか、それとも陽子線治療にしようかとか色々と弱い自分んが思い悩む一週間でした。
最悪の結果ではなかったと昨日わかりましたが、本当に何があっても「自分の力で生きれるだけ生きてみよう」と猫家主様のお手本に感謝でございます。
って悟りを開くようなお言葉
たか20さん。
救急搬送されるとは大変な事態でしたね!
腎臓は大切な臓器ですから大事になさってくださいね。
医療の恩恵に預かりつつ、自分の体の声を聞きつつ、
その日まで生きぬきましょう!ヽ(^。^)ノ