自分を大事にするということ。

最近、夫を亡くされたという方々から、非公開でというコメントをいただくことが多くなりました。実生活でも夫を亡くしたという友人がポツポツ出てきました。
夫を亡くしたという方のコメントを読ませていただくと、胸に迫るものがあります。夫を亡くしたばかりの友人と話をしていて、つい一緒に涙ぐんでしまうこともあります。

 

みんな、戸惑っている

それぞれの環境と立場で、みんな戸惑っているのです。

1人になってから、どう生きるのか。

みんな、そんな課題に直面しているのです。もちろん、わたしも直面してきました。そして現在も答えを探している最中です。

今、1人になった人に、1人で生活している者の1人として伝えたいのことは、1つ。それはわたし自身に向けて放っている言葉でもあります。

自分を大事にしよう。

あまりにありきたりで、すいません(笑)

自分を大事にできる人は、自分しかいないから。

 

自分を大事にするということ

「自分を大事にしてね」と、ずいぶんといろいろな人から言われました。

「大事にしよう」とは、ちょっとニュアンスが違うと、わたしは感じていますが。

好きなフレーズかと言われると、ノーです。

実はあんまり言われたくない(笑)

なぜなら、わたしは、誰かにそう言われるたびに、

「あなたは大事にしてるの?」と、思っていたからです。

どうしたらいいのか、誰も具体的には教えてはくれなかった。

ただ「自分を大事にして」と言われてもねえ〜。

  • 自分ファーストに生きればいいのかい?
  • 欲しい物を買いまくればいいのかい?
  • 好きなものを食べまくればいいのかい?

さらに大嫌いなフレーズ「ご主人の分まで」がつくと・・・

  • 健康診断をしまくればいいのかい?
  • 100歳まで生きろってことかい?

と、まあ、徹底的にひねくれた解釈しかできませんでした。だけど、今思えば、その答えは自分で探すべきだってことなんですよね。

 

わたしの定義

1人で暮らして10年が経過しようとしいます。戸惑いながら暮らしてきましたが、最近やっと、

「自分を大事にする」ということに、自分なりの答えが見えてきました。

わたしの「自分を大切にする」ことの定義は、こんなことです。

心が穏やかでいられるように

自分を計らってやること

自分の心が穏やかでいられるように、環境を整えてやるということです。

  • どうやったら、心が穏やかでいられるのか。
  • どうやったら、気分良く暮らしていけるのか。

どっちを選択したら、自分が穏やかでいられるのかが、最近のわたしの判断基準となりました。

それは、わがままに生きることでも、ラクして生きることでもありませんでした。

 

人はあてにしない

では、具体的にどうしているのかと言いますと・・・。

心穏やかに良い気分で過ごせるための条件で、まず思いつくのは人との関わり方です。1人で暮らしているとはいえ、人との付き合いを考えないわけにはいきません。そして、それがまた厄介なんだなあ。

「あの人にこうしてもらえれば、わたしは心が穏やかなの」

じゃあ、そうしてもらおう!!

・・・って、それが一番ストレスになりますね(笑)

あの人には、いろんな種類の人が入ります。自分以外の誰か全てです。

夫・恋人・パートナー・親・子供・友達・などなど。

あっ。もう、わたしには夫はいないか(笑)

だけど、これほど難しいことはない。

誰かのスケジュールも、誰かの都合も、誰かの気分も、誰かの心情も、誰かからのLINEの返信さえも、わたしにはコントロールすることはできません。

自分の心でさえ、5分には何をどう考えているのか予測不能なのに、ましてや別の空間で別の時間を生きている誰かなんか、コントロールしようがないのです。

そんな不安定な誰かに、自分の心を穏やかにしてもらえるはずなど、ないのです。あったとしても、一時的。

だから、自分の心を穏やかにするためには、

  • 誰かに依存しないこと。
  • 誰かの言葉に振り回されないこと。
  • 自分の頭で考え続けること。
  • 自分の責任で判断すること。

これがとても大事なことだろうということが分かったのです。

自分だけで「穏やかな気持ち」になれることを探すのが、一番!

 

小さな積み重ね

誰もアテにせずに、自分の心を穏やかにしていくにはどうしたらいいのでしょうね。

わたしにとっては、それは案外、身近なところにありました。

人生って、小さなことの積み重ねでできていると思いませんか?

毎日、毎日の積み重ね。実に、些細なことの積み重ねなんです。

つまり、生活を大事にすることなんですよね。

わたしは部屋の中が散らかってくると、イライラするので、せっせと掃除をします。それは自分のためです。誰かのためにしているのではありません。

体を使って、心を操るということでしょうか。

そんなことを繰り返しているうちに、部屋が整えられているだけで心が穏やかでいられるということに気づきました。

小さなおかずを並べて「おいしいなあ」とごはんを食べる。その瞬間もわたしはとても安心した気持ちになれることに気づきました。

そして、わたしは歩くことが好きです。

音楽を聴きながら歩きます。景色を楽しみながら、歩きます。ひとりで、また時々は友人と。

この楽しみも、わたしが心を穏やかに保つ一つの手段となっています。

そのほかにも、自分の心を穏やかにする方法をいくつか持っています。

それは全部、自分でコントロールできることです。

習慣こそが生き方。

自分に対する小さなことの積み重ねが、自分を穏やかな気持ちに運んでいってくれるように思います。

 

お金との付き合い

さてさて、心を穏やかにすることと密接な関係にあるものとして、お金というものの存在も忘れることはできません。

お金というものは魔物です。実に心に大きな影響を与えるものです。

わたしもずいぶんとお金に気持ちを揺さぶられながら、生きてきました。お金のことを考えて、眠れないときもありました。

しかし、最近のわたしは、以前ほどお金が必要ではなくなりました。欲しいものが少なくなったからです。

わたしを穏やかな気持ちにさせることには、それほどお金がかからないです。

物が少ないほうが、心が穏やかでいられるし、お金を失わないほうが、心が穏やかでいられるということを発見したからです。

まず、何よりお金が減らない安心感が好き(笑)

でも、本当にほしい物は、妥協しません。使うところには使っているつもり。自分に必要だと思えるものにはスパッとお金を出しています。

今までは「ちょっといいね」と思ったものを買っていましたが、今は「ものすごく気に入った!」というもの以外にはお金は出しません。

自分のお金をコントロールすることも、心を穏やかにしておくためには、とても重要なことだろうと思います。

 

わたしの目指すところ

 

最近、未亡人になったばかりの友人が、しみじみとこんなことを言いました。

「人生って、あっという間なんだね」

ホント、そうだよね。終わってしまえば、短い。

最近、息子たちも同じようなことを言っています。

息子たちは自分の年齢が、父親が亡くなった年齢に近づいてきて、いろいろと考えることがあるようです。

お父さんは、このあたりで終わったんだ・・・と、きっと思っているのでしょうね。その時、どんなことを思うのでしょうか。

自分を大事に生かしてやらないと、もったいない。そんな切迫感があるのでしょうか。

人が生まれて死んでいくというシステムは神秘です。神秘現象に対する答えは見つかるはずもありませんが、見つけようとするならば、何かがチラリとくらいは見えるかもしれない。

わたしは、少しでも納得したい。何かを納得したいと願っているのです。

「自分を大事にする」ということは、究極的には「自分を知る」ということでもあると思います。

わたしの中には、まだまだ知らない自分が潜んでいるような気がして、コワいです(笑)

と同時に、自分を面白いなあとも思っている自分がいます。

わたしが目指す、わたしの最終形態は、

機嫌のいい婆です。


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6 件のコメント

  • はなです!

    お久しぶりのコメントになりました。
    お一人様になってから、二年半を過ぎました。未だに自分のこの先を見つけ出すことができてません。主人に甘やかされて36年間(笑)何もできない自分を情けなく思いながら日々暮らしております。
    今日のお話はかなり参考になりました。
    自分を愛してくださいと言われても…どうしたら愛せるのかしら?大事にしてくださいと…何を大事に…
    深く考えない性格ゆえか…さっぱりわかりません。
    つい最近ですが、少し子供の頃、主人に出会う前の私になっているのに気が付きました。18歳で出会いましたから、半分大人半分子供の状態です(笑)妻を母を嫁を演じきって元に戻ってしまった感じです(笑)小銭はありますから(笑)欲しいものはとりあえず買えますし、他の人の事を気にせずに生活できますし…好きなように寝て起きて遊んで…暮らしているのです。さてこれから何する!が分からないのですよ~今日のお話を参考に少しまじめに考えてみようかと思いました。

    そうそう、一月ほどの前のお話で、手をつないでいる熟年カップルは…ですが、そんな風に見えるのかと、笑ってしまいました。実は私たち夫婦はそのような状態でして(笑)いつも手をつないでいました。(笑)36年間です(笑)再婚ではありません(笑)そんな風に見えていたのか~私たちは年の差は5歳でしたが、見た目が老け気味の主人と童顔の私ひとまわり以上齢が違うと思われていましたから、若い奥さんもらうと大変ね~とか言われた事がありましたが(笑)再婚カップル~…そんな風に見えていたとは(笑)こんなカップルもおります。存在しました(笑)因みに、そんなカップルは寝る時も手つないでます(笑)もしかしたら…天然記念物だったかもです(笑)

    • はなさん

      こんばんは
      自分のこの先なんて、誰にもわかりませんよ。
      だから、探しても見つかるものではないと思います。
      ただ、ただ、毎日を暮らしていくだけ。
      それが、いつか、生き方みたなものになっていくんだと思います。

      それにしても、ステキ!
      まさか、手を繋いで歩く夫婦が実在しているとは!
      認識を新たにいたします。
      思わずお二人の姿を連想し・・・
      多分、再婚カップルに見えていたんじゃないかと思います(笑)

      元に戻っていく感じ、分かります!
      わたしも、元の自分に戻っていく感じを経験しましたよ。
      今では、妻だった自分が思い出せないですヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • りっつんさん

    丁寧な、心を寄せて下さった文章で、
    何度も読み返しました。
    私も周囲から「無理しないで」「自分を大事に」とよく言われて、散々考えたんですが、
    具体的な方法がわからず、自分は馬鹿なんじゃないかと思っていました。

    「自分を知ること」というのは明解だなと思いました。まだ見ぬ自分がいるのかもしれません。

    子供が自立して、これからという時に夫もいなくなり、楽しかった家族が気がついたら急に1人になってしまい、人の気配のない家は本当にシーンと音がします。

    お金は、大事ですね。
    夫の残してくれたお金を、消費していくだけの
    人生もどうなんだろうと思い、
    理想は声を掛けてくださったところで、
    また、頑張れたらなと思っています。

    方丈記、いいですよね。
    わたしも大好きです。

    わたしは茨木のり子さんが好きです。
    茨木のり子さんの「倚りかからず」が有名ですが、茨木のり子さんも早くにご主人を亡くされ、
    お子さんは無く、お一人暮らしが長かったようです。最近になりそういう境遇を知りました。

    自分も1人の境遇となり、改めて「倚りかからず」
    の言葉の重みを知りました。
    ご本人が他界された後に出版された「歳月」は
    読むととても心を打つものがあります。

    1日1日の積み重ね、本当にその通りです。
    少しずつだろうけれど、
    楽しいこと、自分の新しい可能性も試して行けたら
    と思います。
    心のこもった言葉をありがとうございます。
    長文、失礼しました。

    今回から「しろねこ」にしました。
    よろしくお願いいたします。

    • しろねこさん

      おはようございます。
      わたしも茨木のり子さん、好きです。
      「自分の感性くらい、自分で守らねば」と思っています。

      人間1人は小さな存在ですが、社会のどこかでは
      必ず必要とされる場所があると信じています。

      しろねこさんには、まだまだ必要とされる場があるはずです。
      もう一働き、しなくてはなりませんね(笑)

      縁側に座っているだけに見えるばあちゃん。
      時間に余裕のある人がいるだけで、みんながほっとします。
      そんな仕事もあるのです。これ、わたしの最終目標ですけどね。
      わたしは最後の最後まで、
      与えられた役目をこなしてみたいと思っています。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。