平成の大晦日。そして令和の幕開け。

令和元年になりました。

おめでとうこざいます!

昨日、平成の大晦日は、わたしにとって、心がホンワリ温まる一日となりました。

 

電話が停止

お昼前に、固定電話が使えなくなりました。「平成の最後の最後に処分」ということに、やっと気づいた自分に妙に感動しました。

取り外して、掃除です。時代は変わるんです。

もう、こういうケーブルに縛られることもないのです。しがらみから解放された気分になりました。

こんなにも機械を使わないと世の中と接続できなかったのに、スマホ1台で全てがこなせる時代の到来。

技術の進歩は素晴らしい。令和が終わるころには、どんな世界になっているのかしら。見てみたい気がします。

こちらが返却するもの。

返却する袋に入れて、残りは箱に入れて。

 

コメントをいただく

昼過ぎて、過去の記事にコメントをいただきました。

未亡人になった私が抱いた3つの不安とそれを乗り越えた方法

2018年3月21日

未亡人になったばかりの若い方からでした。

息子さん2人を抱えて、途方に暮れているとのこと。そしてわたしのブログがほんの少し励ましになっているとのこと。

わたしの思いが伝わっているようで、本当にうれしかったです。1人の方にでも伝えられたら、それでもう大満足。

時々、未亡人の方からコメントをいただくことがあります。コメントを読みながら、しみじみと「ブログを書いて良かった」と思っています。

コメントをいただくたび、わたしは自分が未亡人であることを再確認しています。思い出がフレッシュバックします。

すぐに思い出すのは悔しかったことと、心細かったことばかり(笑)

36歳で世間に放り出されて(と言うと、ちょっと大げさだけど)いつでも何かと戦っていたような気がしています。世の中はいつも優しい人ばかりではなかったけれど、それでも助けてくれる人はたくさんいました。

懸命に生きれば、未亡人の未来だって決して暗くはないということを伝えたいと思っている自分に気づきます。

昭和の時代なら、書籍にでもしないかぎりは、不特定の人に思いを伝えるなんていうことは、とてもできませんでした。それが平成という時代の終わりには、一市民が情報を発信できる時代になっていた。すごいことです。

 

従姉妹とパーティ

3時すぎに、従姉妹がやってきました。

従姉妹が来ることを知らせたら、次男夫婦が駆けつけてきました。夜にはみんなでお好み焼きパーティ。

若者はよく食べる!弓道部の高校生とサッカー部の中学生は、気持ちいいくらい食べます。

高校生と中学生の2人の息子を女手ひとつで育てている従姉妹。同じ干支でわたしとは一回りの年の差があって50歳になりました。

彼女も波乱の人生を歩くひとり。でも息子たちはとても素直な青年に育ちました。3人で肩寄せあって生きている姿は、我が家の10数年前を彷彿とさせて、じ〜んとさせます。

ここまでくれば、もう、ほぼ大丈夫。

ここで次男が中高生の2人に「おとしだま」を差し出したのには驚きました。こんなことができる大人になっていたことに、感動しました。

いとこが若い頃、我が家にやってきて、わたしの息子たちに「おとしだま」や「プレゼント」をくれたことがあったのです。そのことを忘れていなかった次男は、いつかお返しがしたいと思っていたらしいのです。

なんか、親としてもうれしかった。

どこかで「お返し」は続いていくものかもしれません。いや、続いていってくれたらいいな。

途中、長男もスカイプで参加して、大いに盛り上がった夜になりました。

誰からのプレゼントか分からないけれど、平成の大晦日に、このメンバーになったことには、何か意味があるかもしれませんね。

弓道部で弓を放つ高校生クンは気遣いのできる男に育ちました。あの気難しい猫からも懐かれてしまい、驚きです。

令和を担う若い世代に幸多かれ!と祈る朝です。


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。