半身浴ブームはいずこへ。健康について、理屈をこねてみる。

昨晩、お風呂に入りながら、ふと思ったのです。

お湯から肩が出て、寒いなと思ったことがきっかけでした。

おお、寒い。

「そういえば、半身浴がはやったことがあったなあ」

みんな、こんなふうに、肩を出してだんよね。

友人の中には毎日1時間も半身浴をしているという人がいたり。目的はもちろんダイエットだったけれど。

残念なことに、あまり効果があったようには見えなかったけれど(笑)

 

現れては消えるブーム

りんごダイエット。グルコサミン。ぶら下がり健康法。まあ、たくさん出てきました。

紅茶キノコなんて、ちょっと気持ちの悪い物体が現れたこともありましたっけね。

少なからず効果のあった人もいたのでしょう。

だから、ブームとして広がったのでしょう。

でも、なぜか、そこまで世の中に根付くこともなかったようで、み〜んな消えていった。いや。いまも実践している人は少しはいるかもしれないけれど。

少しでもより健康になりたい。

いまの状態を維持したい。

だけど、決定打はないようです。

不老長寿は大昔から、古今東西、人類の果てしない夢。

でも、いま、始皇帝が生きていたとしたら、どうよ?

やっぱり、新陳代謝しないと、革新的進化は望めないから、現在のような人類がアンドロイド化していきそうな進化はできなかったね。

 

健康ってなに?

「健康のために体重を落すべき」

こんなことを言われたことがあります。

たぶん、そこにも真実はあるのだろうけれど、体重の重さだけで健康か否かを決めることもできないと、思ったりもします。

だって、それほどの巨漢でもないのよ(笑)

と、いうか、そもそも健康ってなに?という話になります。

わたしにとっての健康な状態とは、

痛み・吐き気・かゆみなど不快な症状のない状態。

でも、そんな完ぺきな身体の日なんて、1年のうちに、どれくらいあるかしら。

朝起きたときから、あそこが痛い、ここが痛いという日々。だけど、空腹も感じるので、総合的に見れば、まだたっぷりと生きていけるだろう状態ではある。

まして、このように表面に出てくる症状がないといって、身体の中でなにが起きているかは、自分自身でも把握できません。

こんな不思議ってある?

わたしはわたしなのに!

持ち主の自由にはならない。コントロール不能。所有者じゃなくて、賃貸契約だから、仕方ないけど。

機械なら、はっきりしているのに。簡単なくしみなのに。

動かない=不健康

それでは”動ければ健康である”と定義しとこう。

動かなくなった状態を不健康だとすれば、不健康な人の数は激減するはず。健康な人だらけになるはず。

身体内部事情は完全無視で。

 

健康でさえあれば

時々こんな言葉を耳にしたり、目にしたりします。

「老後、一番大事なのは、健康」

「健康さえあれば、なんとかなる!」

ん?

どゆこと?

これ、いつも、違和感、覚えます。

老化していくということは、いわば最終的不健康な状態に移行する過程であるということでして。

健康を一般的なイメージで定義するとしても、健康であり続けるなんて不可能だし、健康であればなんとかなるけれど、それが困難なのが老後ってわけでして。

健康に頼るなんて、わたしには綱渡りにしか見えない(笑)

それって、お金を貯めるより難しいんじゃないのと思ってしまいます。

どんなに望まなくても、人は病気になるのです。どれだけ生活に気を配っていたつもりでも。

いつから病人になるのかといえば、それは2つ。

  • 症状が出た日
  • お医者さんから告知された日

ある日突然、その日はやってきたりします。昨日とあんまり変わらないのに。

わが夫もある日そう告げられて、その日から闘病生活という名前がつけられることになりました。

そして、感染症などは別として、原因を特定することも難しいのです。

夫ががんになったときに、ずいぶん、自分を責めました。

もっと食生活に気を配っていたらとか、過重労働を止めればよかったとか、妻が文句ばかり言ってるからストレスを溜めてしまったんだろうとか、どこかで自分の責任を感じていました。

でも、その後、息子がちょっと難しい病気を患った時のこと。

散々検査をしても、原因らしきものが出てこない。そして先生からはこう告げられました。

「この病気の4割は原因不明です」

「症状が出てきたら抑えるしかありません」

病気とはそういうもののようです。

わたしごときに人の身体の中をコントロールできるはずがないのです。

 

じゃ、どうする?

それじゃ、好きなだけ、好きなものを食べて、気の向くままに暮らせばいいのか?

それは個人の自由。

ただ、わたしはとりあえず動き続けられるようにしていたいと思っているのです。

自由に動ける時間を引き延ばしたいと思っています。

若干の不具合をだましながら、

「あんたは、まだ、動けるで〜」と言い聞かせて、動かす。

そんなことですので、健康診断に行って、早めに不具合を発見されるのも、いや。

還暦も越えたんだし、それくらいの自由もあっていいはず。それでダメなら、いさぎよく、さよ〜なら。

よって、動きが悪くなって、目に見える異変が出てきたら、病院に行こうと思っています(笑)

病人として認定される日を、引き延ばしたい。

どれだけ生きられるかは、神のみぞ知る領域。

でも、動ける時間の引き延ばしには、個人に許された努力の範囲が認められているかも。

食べる量とか、運動する量とか、心持ちとか。

だけど、しょせん限界はある。

病気になってしまっても、そうでなくても、1日も長く日常の暮らしができることを望みます。

できないことが出てきても、みんなで少しずつ助け合って暮らせば、なんとかなるかもと信じている者の1人であります。

健康ってなに?って聞かれたら、なんて答えるかしら。

2020年5月20日

薬は毒にもなる。サプリメントは薬じゃないけれど、安全とは言い切れない。

2020年12月11日

わたしの医療費はゼロ円。老いなき世界はくるのか?

2020年10月15日

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへブログ村の「ライフスタイルブログ」のランキングに参加中です。いつも応援クリックありがとうございます♪


りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

「老後のお金」など、ブログではあまり触れていない話題にもかなり踏み込んで書いているので、お手にとって頂ければ幸いです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク


12 件のコメント

  • 私の母は、6年前に市町村の健康診断で肺せん癌がわかり、その日から急に病人に。母は潔い性格だったので、抗がん剤が何種類かで効かなくなると、積極的治療をやめ、緩和の道に自ら切り替え、身辺整理をして旅立ちました。私は、母らしくおくってあげられたと思っています。なので自分らしくこの世をさる権利ってやはり大事だと思っています。
    今、なんの因果か、病院で働いていますが(延命治療専門)無料だからと、すぐ内服薬を処方する医師。それを管理できない患者。個人的にかなり違和感を日々かんじます。ぜったい顔や口に出さないようにしていますけどね。一番嫌なのは、会社の方針で年に2回も健康診断を受けないといけないんです!オフの日に時間をさいて。これには、私の好きなようにさせてほしいと毎回クレーム書いてます。
    医療従事者枠コロナワクチンの一回目接種をしてきました。今のところ軽い筋肉痛程度です。

    • まめぴよさん

      おはようございます。
      いろいろと違和感を感じること、ありますよね。

      とにかく、自分である程度選べるということが
      一番の安心感になっています。
      無理なことは、避けたい。

      お母様のようにいきたいです。
      自分でイメージし続けようと思います。

  • こんにちは

    少し前から拝見しています

    「健康診断に行って早めに不具合を発見されるのはいや」
    激しく同感です

    どこぞのお医者さんも
    「健康診断で自覚症状も無いのに病気を発見されて不幸になる」
    「大往生したけりゃ医療にかかわるな」
    と書いてらっしゃいました

    (コワイ方の息子さんにられそうですが・・・)

    私もそれを見てから健康診断に特に人間ドックなどには行かないと決めました

    老化は自然なことなので
    それに伴う症状なら甘んじて受け入れようと思います

    症状が辛かったらそれを軽くする治療だけ受けて
    だましだまし自然に死んで行くのが理想です

    • ももみんさん

      おはようございます。

      それ系の本は、ほぼ読んでいます。同感です。
      コワい系の人も、怒りません(笑)

      かつて義父は検査でえらい目に遭いました。
      検査も実は危険なのだと知りました。

      ダメなものはどうやってもダメ。
      できるだけ、痛くなく終わりたいです。

  • こんにちは昨日の嵐のような突風は大変でした。私の所は風のとうりみちだったのか近所で被害が出ました私の家は屋根のかわらが飛んでウッドデッキの屋根を直撃穴が開いてしまいました。隣さんは二階のデッキが飛ばされました一瞬の出来事でした。災害の保険でなおせそうですが…今日のブログの内容に合わせるとしたら何が起こるかわからないといいたいですでも準備はしなければと思いました。健康も私は怖がりなので検診は毎年受けています。いろいろゆうところは有りますがなんとか一年一年クリアしています。いま楽しく過ごしている幸せに感謝したいと思います。今年もツバメが巣作りを始めましたことしのこそだてが楽しみです。いつも楽しく拝見しています。ありがとうございます。

    • 埴輪さん

      おはようございます。

      こちらもすごい風でしたね。
      被害が出るほどとは、よほどでしたね。

      本当になにが起きるかわかりません。
      準備できることもあるし、できないこともあるし。

      ツバメのすがた、こちらでもよく見かけるようになりました。
      あの姿は初夏を感じされてくれますよね。

      我が家のそばの電柱の上では、カラスが子育て中です(笑)

  • はじめまして。
    72才のまりこです。
    私も同じように考え&なるべくお医者さんへ行かない派です。
    不調の時も 何年か前に同じようなことあった…が目安のひとつで
    じっとしています。ただの怖がり!?!とも思いますが
    自分の気持ちが楽な方にしています。
    ただ自然に回復する時間が長くなってきましたけれど。

    いつも たのしく、じーんと、うれしく、
    読ませてもらっています♡
    心にも、実生活にも、おせわになっています!
    ありがとうございます。

    • まりこさん

      はじめまして。
      コメント、ありがとうございます。

      時間はかかっても、自分の体に任せることが
      身体にも心にも、一番楽チンな気がします。
      昔の人たちは、みんなそうしていたんですものね。

      これからも、どうぞ遊びにいらしてくださいね。

  • りっつんさん、おはようございます。
    私は割と体調が良い日が多いのですが、今朝は少し何かが違いました。
    3年前に気管支喘息を患いました。その後耳に水が入ったような感じがして、耳の病気と診断され2度の鼓膜切開しましたが完治せず。いくつかの病院に行き、結局は「気管支喘息と関係ある症状で多分一生のお付き合いになる。」と言われて納得しました。
    数日前から耳が変でしたが、今朝はめまいの一歩手前な感じ。。。めまいは珍しく何だろう?と不安でしたが、りっつんさんとシャンクスさんを思い出し、なるべくじっとする、室内でもゆっくり歩く、お湯お茶を多めに飲む、少な目の食事をよく噛んで食べる、と気をつけました。
    2時間経った今、楽観は禁物ですが、快方に向かっているようです。
    りっつんさん、シャンクスさん、どうもありがとうございます♡

    • エイミーさん

      おはようございます。

      耳と鼻と喉は繋がっているので、
      喘息持ちのわたしも耳の不快感を感じることがあります。
      できるだけ鼻と喉を乾燥させないように工夫しています。
      それだけでも発作を防げることがあります。

      シャンクスは本当に上手に過ごしています。
      調子が悪ければ動かない。
      お湯を飲む。
      噛んで食べる。

      こんな根本的なことが、なぜか人間には難しいんですよねえ。

      きっと良くなりますよ!

  • りっつんさん
    はじめまして
    こちらのブログを両学長のブログで知りました。
    私は53歳で、契約社員をしてます。
    家族はいますが、娘が社会人になったことを機会に
    家族からの自立を目指しブログを始めたいと思っています❗️
    是非参考にさせてくださいね✨

    • ケティさん

      こんにちは。

      “家族からの自立”
      いいですね。
      50代で、そこにかじを切れるかどうか。
      それが老後と言われる時間の過ごし方を決める気がします。
      あと7年。時間は十分にあります。
      今日が一番若い日!
      ん?どっかで聞いたセリフだね(笑)

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    CAPTCHA


    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。