未亡人の子育て。最大の試練は「子離れ」だと思う。

夫を亡くした時、わたしは36歳。息子は9歳半と8歳でした。あれから25年が経ちました。わたしはその中の15年ほどを子育てに費やしました。そして子育てを卒業して10年が経過しました。

わたしのような人がたくさんいるとは思えないけど、わたしだけでもないかもしれない。

今、夫を亡くして母親業を頑張っている人たちに、わたしの子育て体験を読んでもらえたら、うれしいです。

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未亡人の最終目標は子どもの自立

わたしの子育ての最終目的は自分で生きていける人になってもらうことでした。

つまり親としては自立させることが子育ての最終目標ということです。

では、自立とは何か?

自分で稼いで、自分で生活をして、自分の力で生きていくことです。

自立なんて当たり前のことのようですが、この時代、これが案外と難しいものなのです。

わたしのような未亡人にとっては、子どもが自立するかどうかは大問題なのです。難しいなんて言ってられない。超本気で向き合わねばならないことなのです。

 

未亡人の最大リスクは子ども!

わたしが子育ての最終目標を意識し始めたのは、息子たちが高校に上がったころでした。たぶん夫が生きていたら、そんなことは、まだ考えなかったかもしれません。

わたしはこんな事実に気がついてしまったんですね。

子どもが自立できなかった場合、未亡人の老後リスクは2倍。

親が2人ならリスクは半分になる。だけど未亡人の場合には、子どもが自立できないと、本当にヤバいことになると思ったのです。わたしには2人の息子たちを背負い続ける経済力も精神力もない!

それでは、自立させるためには、親としてどうすべきか。

子どもたちが大学を出たら、それぞれの人生に舵を切っていくしかない。それぞれが自分を養えれば、共倒れになることはない。

わたしも自分一人のことなら、何とかなるし、そうしなくてはいけない。寄り掛かり合ってはいけない。わたしも一人で生きる覚悟を、強く持たなくてはいけないと思いました。

だからこそ、わたしは心の中で自分に言い聞かせるようになりました。

大学卒業後は、絶対に面倒はみない!

わたしも自分の生活を守る方向に舵を切ると。

 

20歳を過ぎたら覚悟する

家から出す覚悟

1人の人間として自立していくためには、20代は大変貴重な時期です。この時期にどんな人と出会うのか、どう過ごして、大人になっていくのか。

まだ成熟しているわけではないし、経済的にも頼りないかもしれないけれど、一歩を踏み出してもらわないといけない。自立してもらわないと困る。老いに向かっていくわたしのほうが、よほど頼りないです。

だから、大学を出たら、家も出てね。

しかし、そうは言っても、子どもを家から出すということは、親にとっては「子と離れる」ということ。これは本当につらいことなんです。やってみて、そう思いました。

実は父親のいない暮らしというのも、意外と悪くないんです。

子どもが大きくなってくると、子どもを守るということから解放される。子どもたちは大きくなるにつれて、頼もしくなります。会話も進むし、父親との衝突もないので、平和なんです。手放すには惜しい人材になるんです。一緒だと心強いんです。

だけど、子どもたちとの居心地のいい空気に包まれて「ずっと、このままでいいわ~」なんて、思っちゃいけないんですよ。

 

結果がすべて

息子たちが大学生になったころから、わたしは息子たちが何をしようとも、基本的には放置していました。心の中ではしばしば「このやろう~」と思っていましたけどね。

とにかく自分で自分に責任を持ってもらわないと困る。

授業に出ようと出まいと、わたしの知ったこっちゃない。夜に帰らなくても知ったこっちゃない。だたし留年だけは許さない。これは単純にお金の問題。父親から預かったお金は4年分しかないのだから。

わたしは彼らの成績表もほとんど見たことはありません。実は大学の成績なんて、そんなにアテにはならないと思ってます。

わたしは結果だけで判断する

だからわたしはこんな気持ちで息子たちと付き合っていました。

わたしの大学生に対する方針
  • 就職さえしてくれれば、どんな成績でもいい。
  • どういう仕事につくのかは、自分次第。
  • 自分でつかんだ仕事で得た金で、生きればいい。
  • 時間は君のものだから、どう使おうと自由。

こちらが本気でないと、見破られます。子どもは親の心を見透かしてるものです。こちらが本気にならないとダメです。

たぶん息子たちはひしひしと母親の覚悟を感じていたいたと思います。

母ちゃんはヘラヘラしてるけど、いざとなったら譲らないヤツ。

子どもって、スネをかじって骨の髄まで吸う生き物。かわいい顔してるけど、何を考えてるかわからない。自分のこと考えたら、そう思うんですよね。

自分の人生のことしか考えてない。それでいいんです。「親のことを一番に考えてくれている」なんて思うのは、たぶん親の都合のいい勘違いです。

 

次男の新居

転居先はあまりに近く

長男が23歳で家を出て1年後。次男が家を出て行くことになりました。年子だから、生まれる時も続けざま。出て行く時も続けざま(笑)

さてさて、次男が出て行った先が、なかなかな選択だったので、ご紹介します。これはちょっとしたアイデアでもあります。

最初に聞いた時には「バカ言ってんじゃねえよっ!」と笑い飛ばしたほどです。

それは、我が家から徒歩で15分ほどの新築マンション

家賃がもったいない!!┐(´~`)┌

わたしもそう思ったし、誰でもそう思うでしょうけど、次男は実行しました。荷物をまとめて、出て行きました。

 

時間はお金では買えない

次男が住んでいたマンションの家賃は7万円。次男は2年間そのマンションに住みました。賃貸料として2年間で支払ったのは168万円。敷金などを入れたらかかった費用は200万円越え。

もちろん、家賃は息子が払いました。当たり前ですね。だから初年度は余裕がなくてほとんど遊べなかったようです。

※長男の場合は大学院の修士課程2年間は月6万円を仕送りしました。総額では150万円ほど。家から通える範囲でしたが、自立する&させる道を選びました。

同じ町に住んでいても、15分の距離があると、お互いの生活には簡単には干渉できないものです。何やっているのか、さっぱりわからない。でも、何かあれば助け合える。この安心感は大きかったです。

あの時、次男がお金を惜しんで、家を出て行かなかったら、次男の人生の始まりも遅れたと思う。時間はお金では買えない貴重なものなのです。

次男は自分の足で歩き始めて、2年後には無事にこの町から飛び立っていきました。

 

子育ての最大の試練は子離れ

子どもを2人育ててきて、本当にいろいろなことがありました。難しいこともありました。

そんな経験を経て、子育てを卒業した今、こう思っています。

子離れは、親にとっては最大試練!

そして、未亡人としてはこんなことを思うのです。

子離れがうまくいくかどうかが、

未亡人のその後の人生を大きく左右する。

我が家は普通の家庭より密着感があったと思います。3人でぴし~っと肩寄せ合ってました。だから、子が離れていくのは本当に寂しくつらかったです。

子どもを自立させなくてはという気持ちと、とてつもない寂しさの中で、いつも気持ちが揺れ動いていました。

つまり「子離れ」とは、自分が問われるというこでもあるのです。ちゃんと子を離すということができるのかどうか。

10年前にはこんなことを思ったことを思い出します。

「夫の死で泣いて、子との別れで泣いて、わたしの人生は失い続けるんだ」

しかし、この寂しさを抜けて、初めて人として成長できたのかもしれません。

親と子は、共に生きた20年を生かしつつ、共に暮らすということを終えることでしか、見えてこない未来があるのかもしれません。

 

子どもを手放して、今、思うこと

そしてわたしの人生もまた、新たなステージを迎えました。

夫と別れ子どもと離れ、わたしの本当の自立が始まりました。

わたしは子どもと離れてから、本来の自分に戻ったような気がします。生きている実感みたいなものを味わっています。子どもと暮らしていた時とは違う充実感があります。

そして現在の人間関係にも満足しています。一緒に暮らすかどうかなんて、幸福感や充実感とはあまり関係ないかもしれません。

子どもと一緒に暮らさなくても、幸せ感は自前調達できます。簡単ではないかもしれないけれど、やれるはずです。そもそも幸せ感を子どもに依存してはいけないのです。

子育てしている未亡人にエールを送ります!

子どもを手放すことを、恐れることなかれ! 

空いた手に、また握るものが訪れるのです。手が空いていないと、何も握れません。

自立した子どもたちとは、決して縁が切れるわけではありません。自立した子どもたちはよりいっそう心強い味方になってくれるものです。

一緒に暮らしていなくても、わたしは孤独を感じることはありません。どこかでつながっている実感がはっきりとあります。

親子の関係も新しい関係に変わっていくだけ。本来、人間関係というものも、形を変えていくものなのです。

今やわたしは親子という関係にも、あまりこだわってもいません。血縁だけでなく大事な縁は、わたしにはたくさんあります。

好きな人たちと一緒にいたい。それがたまたま、息子だったり、嫁だったり、孫だったりというだけです。自分が気持ちよく過ごせる人たちと、時間を共有するのは、たいへん贅沢なことだと思っています。

未亡人の未来は明るいよ!ヽ(^。^)ノ


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2 件のコメント

  • はじめまして。
    いつも拝見しております。りっつんさんのブログは、本当に参考になります。
    特にこの記事。もう何回も読ませて貰ってます。つまり正に今、私がこの時期に立っているんです。
    納得する内容です。「幸せ感を子供に依存してはいけない。」これ、叩き込もうと思ってます。
    だって、その通りですよね。有り難い記事に感謝です。因みに私は未亡人26年になりました。

    • マーサさん

      返信が遅くなってごめんなさい。
      コメントがスパムに誤認識されていました。m(_ _)m

      遅ればせながら、初めまして!!
      コメントをありがとうございます。
      ほぼわたしと同じくらいの未亡人歴ですね。
      そういう人がいると、なんかうれしい(笑)

      子供はかけがえのないものです。しかし、それはそれ。
      自分の幸せを見つけるためには、子供に依存していたらみつからないと思います。
      1人で始まって、1人で終わる。そういうものなのだと思います。

      マーサさんの地方は桜はどんな感じですか?
      わたしはこれから、1人お花見に出かけようと思っています。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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    ABOUTこの記事をかいた人

    りっつん

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。