20年前のこと。センター入試にまつわる極寒の思い出。

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ニュースを見ていたら、今日明日は大学入試とのこと。

息子たちの受験時には、確か「センター試験」という名前でした。

「共通一次試験」が始まった1979年に、22歳だったわたしには、そういう試験の経験はありません。

ふと、窓越しに外を見たら、雲ひとつない青い空。

あの日もそんな天気だったなあ。

 

長男、無謀な挑戦?

長男がその大学に入りたいという希望を持ったのは、高校2年生の3学期のこと。

高校の先生に「お前はそこ」と言われ、そそのかされてのことでした(笑)

その学校からは年に数人は合格していましたが、長男の成績はそこまでのものではありませんでした。

よって、模擬テストでの判定は”E”ばかり。

希望というより無謀とも言える高望みに、親としてはただ戸惑うばかり。

「志望校を言うな。誇大妄想だと思われる」と、本気で息子の口を抑えたこともありました。

そもそも、そんなに頑張って、どうするんだ。先は長いんだぞ。

夫を見送ってから、わたしは無理をすることに、何の意味も持てなくなっていました。

しかし長男の意思は固かったのです。無理とは思っていなかった(笑)

1年目はぎりぎりラインで足切りをまぬがれ、かろうじて二次試験に挑むことができたものの、もちろん撃沈。たぶん、ほとんど歯が立たなかった。

後になって長男の部屋で見つけた、くしゃくしゃになった資料によれば、「来年もたぶん無理だよ」という判定が出ていました。

1校しか受けていなかったので、浪人する以外に道はありませんでした。

いやいや。実は、後期入試で地方の某国立大学に願書を出して、受験資格なしで返却されたという隠されたドラマがあるのですけれどね(笑)

受験選択した社会科科目に問題があったようでした。

もしかすると受けていたら、受かっていたのかもしれません。だから受けるなということだったのよと、いまになって息子と笑っています。

入試課の方から連絡をいただいて、志望の学科を変えたらどうかとか親身なご提案をいただきましたが、結局長男は受験をしない決断をしました。

そして、書き留めで願書が戻されてきました。

(後日、お礼状と郵送費を送りました)

親切にしていただいたこの学校とのご縁は、20年後に繋がることになりました。

 

長男、2回目のセンター試験

そんなことを経て、息子は1年間、予備校に通っていました。

当時の息子を思い出すと、家では机に向かっている後ろ姿しか思い出せません。

まるで、なにかに取り憑かれているようでした。

そして、本棚の上の段ボール箱の中には、その秋に我が家にやってきたばかりのシャンクス。

段ボールの中には、使い終わったノート。数学のノートの上にシャンクス。

わたしにできることといえば、弁当を作って持たせることだけ。

そしていよいよやってきた、センター試験の本番の日。

息子はマークシートの試験がとても苦手。このときにも1日目で大失敗をしていました。

得意の国語で点数が稼げていなかった!国語で足を引っ張るということはなかったのに。

なんとか予選を突破して二次試験にたどり着いてほしい。

ピリピリと緊迫した空気が、家の中に流れていました。

そして、後には引けない2日目の朝。

どうか力が出せますようにと、次男とともに願いをこめて送り出しました。

「行ってきます!」と厳しい表情で玄関を出た長男。

「頑張れよ!」と送り出した後にヘナヘナと座り込んでしまった次男。

今でもあのシーンを思い出すと、ちょっと泣けてきます。

 

次男、体調不良

兄を送り出すとともに、玄関ホールに座り込んでしまった次男。

実は半月ほど前から体調不良を訴えていました。

だるい、吐き気がする。電車に乗っていられない。

しかし、わたしの気持ちは長男のことで精一杯。

風邪でも引いてるんじゃない。

でも、まあ、あんまり続くので、念の為と思って数日前に息子を近所のクリニックに連れて行ったのでした。

「とりあえず血液検査をしてみましょう」

そして先生から電話をいただき、びっくりぽんのすけ!

「紹介状を書くので、明日、入院の用意をして◯◯病院へ行くように!」

一体、なにが起きているのか、まったく理解できず。

長男には、もちろん内緒。こそこそと入院の準備を始めました。

なんとか兄を送り出したけれど、そのときには、次男はもう立ってはいられない状態だったのです。

すぐに、お隣さんの車に乗せてもらって、総合病院へ向かいました。

 

次男、入院!

診察室に入るときには歩いていた次男。出てくるときには車椅子に乗せられていました。

なんと、肝機能障害を起こして、生死の境にいたのです。

とんでもない数値が、そこにはありました。

最初は原因もわからず、先生からはこんな宣告。

「ここ数日で数値が下がらないときには、覚悟してください」

次男はその日から、長男が二次試験を終える日まで、ほぼ1ヶ月間の入院となりました。

病理学的に原因の確定はできませんでしたが、漢方薬による肝機能障害というのが、専門家の見立てでした。

半年ほど前から、ちょっと厄介な病を抱えていた次男。

良かれと思って、有名な先生の処方のもと、飲ませていた漢方薬。

薬ではなく、毒として作用してしまったのです。

早くに気づいてやれなかったこと、本当に悪かったなあと、いまでも思っています。

漢方薬は優しいようなイメージがありますが、実はそうでもないということを知りました。

さて、試験を終えて家に帰ってきたけれど、家の中には猫1匹だけで、母も弟もいない。

お隣さんから話を聞いて、急ぎわたしと連絡を取りたいと、すぐに病院に電話をかけたそうです。

もちろん入院患者への電話の取り次なんて、してくれるはずもありません。

無謀な長男の行動力。後々、いろんなところで、顔を出すことになりました。あのときから押し押しの人(笑)

次男の体調が完全に復活するには、それから数年かかりました。

 

母の予感

次男の病院に毎日1時間ほどかけて通う母。

二次試験に向けて、最後の追い込みに鬼気迫る長男。

「とにかく安静!」と先生や看護婦さんから甘やかされ、ベッドの中でゲーム三昧の次男。

漢方薬をやめだけで、順調に数値が下がり、体調は上向きになっていきました。

あとは体力の回復を待つのみ。特別な治療もなかったので、痛い思いなどもせず。寝てればいいだけ。

「あのときは、最高の日々だった!」by 次男

そして3月の半ば。

とんでもなく厳しい冬でしたが、極上の春がやってきました。

次男の退院。そして長男の合格。

掲示板で息子の番号を確認して、それから学内を2人で歩きました。

歩いているとき、ふと頭に浮かんだことがありました。

“この人、きっと医学系にいく”

どの学部に進むか確定していなかった長男。あのときには、へえ〜と、ただ笑っていましたけれど。

あれから20年が過ぎました。

あっちへ行き、こっちへ方向転換と、思うがままに歩いている長男ですが、いつの間にか、わたしが予感していた道を歩いています。

ばっちゃまは魔女ってことですね(笑)

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りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

「老後のお金」など、ブログではあまり触れていない話題にもかなり踏み込んで書いているので、お手にとって頂ければ幸いです。

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4 件のコメント

  • こんにちは〜
    読み応えたっぷりでした。思い出となって書かれてますが、当時は大変だった様子がビシバシ伝わってきました。本棚の上の段ボールにシャンクス、見守っていたんですね。次男氏の体調悪化も、当時のりっつんさんの心情を思うと母としておつらかったと思います。でもでも、今、すべてよい方向に流れていけていてよかったですね。
    私も、今、やれることを、私に出来るだけの力で頑張ります。そういう人生でよいと思ってます。

    • まめぴよさん

      おはようございました。
      いまでも宣告された日のことは、思い出したくないです。
      もしかすると、息子を失うのか?
      生きた心地がしませんでした。

      1週間も過ぎたあたりから、漢方薬が怪しいという話になって。
      それもわたしの責任でしたから、本当に心を痛めました。

      そして後には引けない長男の受験。
      めでたく春を迎えて、そしてわたしはみごとに身体を壊し、
      半年ほど通院することになってしまいました。┐(´~`)┌

      今やれることをやるだけ。それでいいのですよね。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

  • こんにちわ。
    最近、ブログをはじめたのでこちらを参考にのぞかせていただいています。

    りっつんさんのブログを読ませていただいていると、まだまだ年齢は追いつけませんが
    「人生いろいろなことがあるんだなぁ!」
    と日々勉強になります。
    私には小学生の子供が二人いてまだまだ手がかかりますが、パートもしつつ日々を過ごしています。
    なかなかパート先でうまくいっておらず落ち込む日々ですが、こんなことたいしたことじゃないな…
    また違う道もあるんだろうなって少し心が軽くなります。

    人生は思い通りになんていかないものだな…って思いながら、なんとももどかしい毎日で。
    これからも記事を楽しみにしています。
    りっつんさんの言葉に元気をもらってます。

    • みかっこさん

      はじめまして。
      年齢は一生追いつけませんね(笑)
      嫁年代の方ですね。
      小学生というのはパワーがありますよね。
      過ぎてみれば、どれもこれも大したことではなかったです。
      しかし!そのときにはそうは思わないもの。
      いまだって「大変だ!」と思うことはありますもの。
      そういう意味では、同じなんですよ、年が違っていても。

      同じ時期、同じ空間で生きている偶然。
      どうぞ、これからもごひいきに!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。