10日遅れの墓参り。季節は夏の入り口。

ついに今年は命日の墓参りはしないのか!?

ついに、27年目にして、途絶えるのか!

「行きたいときに行けばよろし」と、まるでやる気のない母。

が、そんな母の態度を見過ごさない者がいた。

 

10日遅れの墓参り

「命日の墓参りをしていないのは、どうも、すっきりしない」by 次男

確かにだれか1人でも行ってれば、なんとなく許される気分にはなれる。

「そう?もういいよ。暑いし」

たくさんの石に囲まれた墓場。石が蓄熱するので、より暑い。

「ダメだ!明日、8時に駅で!」

わざわざ時間休を取らなくてもいいのにぃ。忙しいのにぃ。

いつからそんなに墓入りが好きになったのかしらね。

わたしは、もうすっかり飽きちゃったよ。

ここ数年は、長男たちも帰郷するたびに熱心に墓参りをしてくれていた。

だから、どこかで、

「もう、わたしだけが墓参りをしなくてもいい」と思うようになった。

で、わたしの墓参りパワーは激減して10パーセントを切った。もう、やる気なし。10パーセントは墓苑の年会費だけは負担している分。

実はここ数年思うことがある。

墓って、本当に必要なの?ということ。

なんか重いなあと思うようになっているのです。石も重いが、気も重い。

今なら、もしかすると、墓は作らなかったかも。

でも、まあ、この27年間、夫は墓からなにかを伝えてくれたような気もするので、これはこれでよかったということにしているけれど。

 

朝の墓参り

次男と待ち合わせて、バスに乗って墓についたのは、朝の9時前。

朝の墓地には人気はまったくなし。

空の広いのが取り柄の墓苑。

関東平野のど真ん中。田んぼと畑に囲まれた見通しのいい場所に、我が家の(先祖代々になるかもしれない 笑)墓は立っている。

墓苑に入って上を見上げると、空、空、空。

わたしも骨になったら、思う存分、空を見ていられそうです。

息子が墓掃除をする姿を少し遠くから見ながら、

墓に対して、第三者的になっている自分に気づきました。

こんなボタンを押した気分です。

もう、いいね!^ – ^

もう、わたしの墓守役は終わったことにしよう。27年やったんだから、もういいよね。

あの人は、もう、生まれ変わったと思うし。

息子たちは、まだ墓が必要だと思っているようなので、そう思ってる人たちに墓守は任せよう。その時々に生きている人たちが納得できれば、それでいい。

 

季節が変わるとうれしい

季節が変わろうとしています。

もうすぐ、夏がくる。

空を見上げて、季節が移り変わることを実感します。

暑くなるのは、いやだなあと思っているのに、どこかうれしい気分に気づいてハッとしました。

季節が変わるとき、季節が変わることを感じるとき、なんでこんなにうれしいんだろう。

季節が変わるたびに、わたしは死にまた一歩近づいていくというのに、なんでうれしいんだろう。

60年以上も生きてきて、春も夏も秋も冬も、みんな知ってるのに、なんで次の季節が待ち遠しいんだろう。

そんな自分に気づいて、ちょっと不思議な気分になりました。

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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。