2017年上巳の節句。思い出される高校時代。そしてチャンスは突然に。

キャッチの写真は先日ご飯を食べに行った都内某ホテルのロビー。ど~んと鎮座しておられたお雛様です。

ロビーにはモクレンも飾られていて、やわらかな華やかさが演出されていました。

ここは外国からのお客様も多いホテルなので、こういう演出は喜ばれるでしょうね。よく行くホテルですが、ここでお雛様が飾られているのは、初めて見たかも。

さて、本日は五節句の一つの『上巳(じょうし)』

 

五節句とは何ぞや

一月七日  人日

三月三日  上巳

五月五日  端午

七月七日  七夕

九月九日  重陽

これが日本の五節句です。

わたしが五節句を知ったのは高校3年生の古典の授業です。

 

思い出の先生

古典のY先生は超厳しかった。先生は授業の前の休み時間に、すでに教室の前に待機。わたしたちは休み時間から授業に向けての自習を余儀なくされておりました。

気合いの入った授業を展開される先生。授業で指されて答えられないと、ずっと立たされる。先生の口癖は「一度言ったら、女の子」言いなおしは認めないということです。

時々座るためのチャンスを与えられるのですが、1時間立ちっぱなしってこともありました。アタッククイズですね。

みんな一生けん命学びました。厳しかったけれど知識が増えることはとても楽しかったです。

授業が充実したものならば、生徒は寝ない。そして学ぶ楽しさを知るということを身を持って体験しました。

わたしは古典と歴史の授業以外は、ほとんど寝ていました。だって眠くなるんだもん。自然の法則だと思う。

わたしは「寝るな!」とよく怒られていましたが、「生徒が眠くなるような授業をするな!」と心の中で言い返してました。

教師は教えるプロであれ。

節句が来るたびにY先生を思い出す。生徒の記憶に残る授業なんて、なかなかできないものです。

 

わたしの大学受験

わたしは大学では史学を学びたいと思っていたので、もちろん第一志望は史学科でした。しかし、ほかにも受けなきゃいけない。

それで、成績が「5」だったという理由だけで日本文学の学部も併願することに。

ほかに「5」をいただいていたのは音楽だけ。選びようがない。音大受験は無理。

そして受験結果は運悪く、そこしか受からず・・・日本文学を学ぶことになってしまいました。

そしてバイト三昧の大学4年間。仕事のほうが向いていたらしく、楽しかったんです。けっこう稼いでました。

代返してくれる友だちをバイトで雇ってました。

その合間にぼちぼちと日本文学とやらを学びました。提出レポートはあの手この手を繰り出して、なんとか卒業にこぎつけました。

本当に何しに大学に行ってたのか、親はそんな娘の態度に怒りまくってましたが、どこ吹く風の女子大生。

記憶をたどっても、働く自分しか思い出せない。働いて、お酒飲んで、楽しかったなあ~。

それゆえ、わたしは息子たちに「大学とは勉強するところ」という概念を植え付けられず、息子らもまた、かなり横道にそれた学生となりました。

大学時代は歌ばかり歌っていた長男。その後5年間大学院に行きました。そこで初めて本気で勉学に励んだようです。

次男もバイトとサークル活動に精を出し、出席した授業の時間あたりの費用を算出してみたら、4年生時は1時間15000円くらいになったと報告してくれました。_| ̄|○

 

チャンスは突然に

さて、そんな怪しげな大学生のわたしに転機がやってきた。

大学4年の教育実習。一応教員免許だけは取っておこうと、母校での教育実習。教師になる気は、なかった。

その時に、なんと、あの怖い古典のY先生の目に留まりスカウトされることに。当時Y先生は国語科の教務主任をされており、人事権を握っておられました。

Y先生の一声で、わたしは母校の国語科の教師として採用されることになったのです。

驚いたのはわたしだけじゃない。友人たちはみんなひっくり返った。

「あんたが、先生!?ありえない」「しかも古典?」

わたしもありえないとは思ったけれど、希望していたマスコミの就職試験に落ちて泣いていたので、喜んで受けることにしたのでした。

人生とは本当に分からないものです。まさか教師になるとはねえ。

採用理由は声の大きさ。

「お前の声の大きさでは、誰も眠れないだろうから」と。

「はあ?」

「成績はよくないよねえ(笑)」って付け加えられました。

悪かったね。ほな、成績のいいヤツにしれ!」と、笑顔対応しながら、心の中では毒づいてました。

確かに・・・わたしの声は大きかった。

隣の教室で授業をした先生から「さっきの授業は面白かったよ」と言われるしまつ。

生徒たちからも「うるさくて、とても眠れやしない」って迷惑がられていました。わたしは採用理由に応えるように眠らせない古典の授業だけは展開したつもりです。

今は声もだいぶ小さくなりました。もうヒソヒソ話しかできない。

劇場で「あっき~!」と叫んでいたころが懐かしい。

 

ひな祭り→上巳の節句→古典の授業→大学受験失敗→まんまと母校にもぐりこむ。

これが今日の思考経路でした。う~ん。なるほどねえ。わたしの人生ってそういうことだったのか。


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。