わたしが思う”情のある人”

昨日は雨が降ったりやんだり。

雨が降ったおかげで、仕事はハイペースで進みました。

傘を差してまで外には出たくないので、仕事するしかない(笑)

昼ごはんを食べ終えて、雨を眺めていたら、カルメンばあさんからルルと着信。

ひさしぶりに午後の長電話となりました。

サイコーの暇つぶしです。

 

情ってなに?

カルメン婆さんもひとり暮らしになって3年が過ぎました。

近々、引っ越しをするということで、新居のリフォームの話やら、本の話やら、食べ物の話やら、取り止めもない話を1時間あまり。

途中、出てきた言葉に、ふと考えてしまいました。

「あの人は情があるよね」

“情のある人”の3倍くらいが”情の厚い人”かなあ。

ところで、どういう人をわたしは”情のある人”と思っているのか。

いざ表現してみようとすると、すぐには言葉で表せない。端的に言うことができないのです。意外と曖昧に使っている言葉。

電話を切ったあと、しばらく考えてみました。

“情がある人”だとわたしが思う人には、1つの共通点がありました。

それは、

“人のために自分の時間を使うことができる”

もちろん親身になって心情を理解するだけではなく、優しい言葉をかけるだけでもなく、相手のために何かしら実際に動いている人を、わたしは”情のある人”だと思っているようです。

困ったときに頼ってみようと、まず思い浮かぶのは、すぐに動いてくれそうな、あの人。

 

情けは人の為ならず

この世にあって、唯一わたしのものだと断言できるのは、時間くらいのものです。

時間を使うということは、自分の身体や頭を動かすということでもあります。

果たして誰かのために、自分の大事な時間を提供できるのか。

もちろん、そこに下心とか支配欲とか、そういうものが入り込んでいるのは論外ですけれど。

を訓読みするとなさけ。

「情けは人の為ならず」ということわざがあります。

“情けをかけることは、その人の為にならない”と誤解している人が多いということで話題になったことがありました。

文化庁の文化部国語課によれば、

“人に対して情けを掛けておけば,巡り巡って自分に良い報いが返ってくるという意味の言葉です”とのこと。

つまり、かけた情けは、回り回っていずれ自分に戻ってものらしいと、昔の人たちはその経験から言っている。

おお、それなら、どんどんやろう!

それを目当てに情けをかけるなんてのは、お節介事案となり、本末転倒ですけれど(笑)

この世は助けられたり、助けたり。

1人の力だけでは生き延びられないもの。

情はそのための一つのツール。誰もが持っているツール。

90歳を超えたおばあちゃんが近所にいます。

2年前におじいちゃんが亡くなって、いっとき高齢者施設に入りましたが、やっぱり自宅がいいと、戻ってきてしまいました。

以来、歩くのもかなりおぼつかないけれど、ひとり暮らしを続行中。

ヘルパーさんの手を借りながら暮らしていますが、近所にはさりげなく支えている70代の人たちがいます。

様子を見に行ったり、ゴミ出しを手伝ったり、時々おかずを届けたり。

かつて、クリーニング屋さんを開いていたおばあちゃん。そんなことで以前から近所との交流がありました。その流れでいまに至っているのです。

少し昔は、こんな支え合いは当たり前だったのでしょう。

こうすれば、老いてもひとりで暮らすことは可能なのだと、そんな希望を見せてもらっています。

“情のある人”たちに支えられ、きっと”情のある人”たちは、いずれ支えられることになるのでしょうか。

“恩”とは受けた人がありがたいと思う行為

2021年3月21日

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りっつんブログが本になりました。

経験談や人情話から猫話。そして実用的な老後のお金の話まで。心を込めて綴りました。

「老後のお金」など、ブログではあまり触れていない話題にもかなり踏み込んで書いているので、お手にとって頂ければ幸いです。

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4 件のコメント

  • 亡母は、近所の見回りをよくしていました。縁側から顔を入れてご機嫌伺いして、何か役に立つことがあればやっていました。私は、母とは正反対の生き方をしてきた人間なので、今更真似るべくもありません。
    昭和時代が、今のZ世代に注目されているそうですね。
    りっつんさんのおっしゃるように、考え方や行動をちょっと変えるだけで、住みやすい環境が生まれるような気もします。
    するかしないか、それは情の量でしょうか?

    • しばふねさん

      おはようございます。
      時代の空気というものが、あるのですよ。
      その時代の空気というものが、
      都会よりは田舎に若干残ってるのです。
      もしかすると、これから時代が進んで、
      新しい関係のあり方が作られていくのだと思います。

  • なるほどー!情のことがわかりすく書かれていて、すっと私の中におちました。ありがとうございます!
    亡き母が、傲慢だった昭和一桁の父を「お父さんとは、愛はなかったけど情があったから」と晩年によく言っていました。今ひとつわからないままでした。やっとやっとわかりました。愛はなくても、情があれば生きていける!この年齢になると、愛よりありがたいものかな。でも直ぐには、得ることの出来ない大事ないもの。やはり巡り巡ってくるものなんですね。

    • まめぴよさん

      こんばんは

      昭和一桁の男性は、愛より情でしょう(笑)
      わが父もそんな感じでした。
      愛というのも、さらに漠然としていて、
      うまく説明のできない言葉です。
      情のほうが、表現しやすかもヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの64歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。 好きなミュージシャンは山下達郎氏と反田恭平氏。 3歩歩くとと、すべてを忘れる「とりっつん」に変身するという特技の持ち主。