「ささいなことなど、忘れてもよろし」と、言い聞かせ。

まあ、実によく、いろんなことを忘れます。

昨日の出来事だって、待って〜!と言ってる間に、記憶の森の中に消えていく。

でも、最近思うのだけど、それはそれでいいんじゃないかしらと。

開き直っております。

嫌なことも、数日たつと、記憶が薄らいできて、気にならなくなって、ちょっと便利なのです。

 

忘れたことも、忘れる。

先日は嫁との会話で、

「えっ!お母さん、覚えてないんですか?」と驚かれ、

翌日には、それがなんの話だったか、全く思い出せず。しずしずと再び嫁に聞いてみたりして。

忘れたことも、また忘れ。

み〜んな、どこにも留まらず、渋滞せずに、スルスルと流れていく。

平穏な暮らしの中にあっては、記憶すべき事柄なんて、ごくごく少量なのです。

物忘れが激しいなあと自覚し始めたころ、なんでこんなに簡単に忘れてしまうんだと、とっても寂しかったことを思い出します。

しかし、もう抵抗はしない。

きのうの昼ごはんが何だったかなんて、覚えていたところで、空腹の足しにはならぬ。1週間分の献立を暗記していなくても、暮らしは回るのだから。

忘れるものは、忘れるがよろし。

テレビに出てきたあの人の名前が思い出せなくても、それも、もういい。

大好きな人の名前さえ、忘れなければ。

ほら。いま、頭の中で唱えてみたら、ちゃんと、言える。

そもそも毎日の些細なことをそんなに記憶できるわけがないのです。

24時間分記憶して、24時間分思い出そうとしたら、48時間かかってしまうんだから。

それでもとりあえず的な対策はしているつもり( ̄^ ̄)ゞ

忘れて困ることは、髪に書いて保存。紙切れではなく、ノートに書き留めるようにしています。これは大事。

ノートでないと、書いたことさえも忘れるし、紙きれはどこかに紛れ込んでゴミ箱の中なんてこともよくあることです。

忘れて困ることだけは書き留めよう。

たぶん、心地よく暮らしているだけでは、脳は満足しないのかもしれません。

やはり、刺激は必要。

びっくりしたり、慌てたり。記憶はそういう刺激とともに残るのかもしれません。

 

記憶の引き出しが開かない

ところで記憶はどこへ行ってしまうのでしょうか。

どこかにはあるはずなのになあ。

たぶん、その記憶の引き出しが開かないだけ。

ゆがんでいるのか、開きづらくて、開くのにとっても時間がかかるのです。

特に人名に関しては、引き出しの中が満タンということもあって、より開きづらいのでしょう。

生まれて60年も経ちますと、そりゃ、どれだけの人の名前が頭の中に入っているか。きっとすごい数なんじゃないかしら。

そして会話の中には「あれ」とか、「あの人」とか、指示代名詞やら代名詞ばかりが増えていく。

しかし「あれ、それ、これ」で通じることも、案外あったりします。

「そう!あれだよね」で、会話はスルスルとつがっていくから、これまた不思議。

引き出しが開きづらくなった分、テレパシー領域が発達しているのです。

いちいち言葉にしなくても、話が通じてしまう可能性に大いに期待することにします。

 

忘れたい記憶

ところで、忘れてしまいたいような記憶は誰にでもありますよね。

わたしにも、たんまりというほどではないにしても、結構あります。

思い出すたびに、こっそりと落ち込んでみたり。

忘れたいのに忘れられない記憶。

どうか、消えてくれ!

「本当にごめんね」

何度も心の中で謝ったけど、あの人には通じてるかな。

過ぎたことをどうこう言っても仕方のないことなのに、なぜか、そういう領域の引き出しが、開きやすいというのも不思議なことです。

恥ずかしい記憶もしかり。

「もう、みんな忘れてるよね」

と、信じたい。

ほかの人の頭の中の引き出しに鍵をかけたい。

こういう記憶を封じ込める手段はないのかしら。

 

【おまけ】過去との語らい

同じ日の記事を集めてみました。ここ数年の同じ日の記録です。

毎年、いろんなことがあるもんだ(笑)

ひとり暮らしの食器事情。変化に対応できる柔軟性を持ち続けたい。

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2 件のコメント

  • 年齢相応にボロボロ忘れるようになって一番困るのは、面白いことを思いついて誰かに話そうと話し出して、その話のオチの部分の言葉を忘れてしまった時ですね。オチに至るまでの部分を話していて、聞いている人たちも食いついてきているのに、肝心の「オチ」がゴッソリ抜けてしまうと収拾がつきません、カッコわるー。

    • シーラカンスさん

      こんにちは

      話しているうちに、オチがなんだったか忘れたこと、
      わたしにも何度かあります。
      わかります、わかります。
      一瞬、空気がしら〜っとね。
      後で思い出して話ても、ますますしらけるだけで(笑)

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。