『ホモ・デウス』を半分ほど読んで考えてみた。『サピエンス全史』とはジャンルが違う?

『サピエンス全史』があまりに面白く感動したので、続編である『ホモ・デウス』を購入。ユヴァル・ハラリという歴史学者の書いた本だ。

今回はkindle本で購入したので、軽くてありがたい。『サピエンス全史』は重くて読むのが本当に大変だったから。

『サピエンス全史』と比べて読みやすい。スイスイと頭に中に入ってくる。文体に慣れているせいだろうか。

いや。文体が『サピエンス全史』に比べて、大変に分かりやすいというか、わたしのような婆にも読めるという容易さというか・・・。あっという間に、半分を読んでしまった。と、同時に、何か違和感のようなものを感じた。この違和感は何だろう。

そして、なんだか、突然、読む気が失せてしまった。う~ん。なんだろう。現在、65%くらいの場所にいる。

この作者、きっと肉を食べない人なんだろうと思ったら、やっぱりそうだった。そういう濃さが『サピエンス全史』とは違うかもしれない。

『サピエンス全史』には作者の生活志向などが、わたしには透けて見えることはあまりなかった。あくまでも人類の歴史を検証する切り口が面白かっただけ。さすが歴史学者!と思った。

ところが『ホモ・デウス』は歴史学者という影がちょっと見えづらい。現在の状況に照らし合わせて作者が考える未来予測。読みながら、どこかで読んだことのある世界だなあと思ったりする。『ホモ・デウス』はやっぱりSFの世界に入り込んでる(笑)

産業革命時に、現在のこの世界を予測した人はいたかもしれない。でも予測できないことも多かったに違いない。1人の頭が考えつくことにはかぎりがあると、わたしは思っている。たとえどんな天才でも世界全体を見渡したりはできない。

人類が今後何を求めるのかといえば「不死と幸せ」なのだという。つまり神聖。人類がついに神の領域に踏み込んだと、著者は言ってるけれど、それはそうかもしれないと思う。

今までの革命は人体そのものを変えることはなかった。しかし今後は人体そのものを変える技術が目白押し。ホモ・サピエンスは新たな種へと進化するのだ!神に進化するらしい。わおっ。

神の領域ってどこまでなんだろう。しかし、もしかすると「小麦の栽培」も昔の人々にとっては神の領域だったのかもしれない。実はまだまだ神の領域は広いかもしれない。

わたしは特定の信仰をもたないけれど、漠然とではあるけれど「何か大きな存在」を信じている。たかだか今の技術だけで神などいないと言いきれるのだろうか。すべては科学で解き明かせるというのだが・・・。

天才物理学者のホーキング博士が死の直前まで書いていた「人類必読の書」。翻訳されたら読んでみたいと思うが、概要を見るかぎり、同じような予測がなされている。

ホーキング博士は「ホモ・デウス」ではなくて「スーパーヒューマン」と言っているが、同じようなことだろう。

1人の人間の頭の中で考える得ることなんて、たいしたことはない。それを越える何かが存在していると言える根拠はいまだに見つけられていないが、ないと断言できる根拠もない。

と、まあ、60過ぎの英語も満足に理解できない物忘れの激しい婆が、世界の頭脳を理解できるかと言われれば、かなり?がつくのだけれど、考えるだけは自由だから、本も読んでいる(笑)

初秋の朝。

静かな朝にコーヒーをすすりながら、ふと、こんなことを思っている。

わたしは「今」の中で生き続けるしかない。

まあ、根性を入れ直して『ホモ・デウス』は丁寧に読破しようと思っている。何しろ1900円もしたからね(笑)


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ABOUTこの記事をかいた人

りっつん

1957年生まれの60歳(2017年に還暦を迎えた)。埼玉の片田舎で自由気ままに1人暮らしを謳歌している。 中年化した2人の息子はそれぞれ家庭を持ち、日本のどこかで生息中。 愛読書は鴨氏の書いた『方丈記』。好きなミュージシャンは山下達郎。 時々、3歩あるくとすべてを忘れる「とりっつん」に変身してしまう。